英語タイトルのNAGASAKI PEACE ACTIVIST DIES AT 92は「長崎の平和活動家、92歳で死去」です。
核兵器廃絶を訴える長崎の平和運動を理論的に主導してきた元長崎大学学長で被爆者の土山秀夫さんが亡くなりました。
今回のニュースを通して土山さんの長年の活動を振り返りながら、関連する英語表現を学びましょう。

長崎の平和運動を主導 土山秀夫氏が死去

A peace activist who survived the U.S. atomic bombing of Nagasaki has died at the age of 92.
Hideo Tsuchiyama died at a hospital on Saturday morning.
He was a student at the Nagasaki Medical College when the bomb was dropped on August 9th, 1945. He had been evacuated to a neighboring prefecture, but immediately returned to Nagasaki to treat patients at the college hospital, located about 500 meters from ground zero.
Tsuchiyama later became a pathologist and served as president of Nagasaki University, as well as dean of the medical department. He started a civic movement in the city, calling for the abolition of nuclear weapons. He also served on a committee that drafted the annual Nagasaki Peace Declaration for more than two decades.
番組やホームページで題材にする英語ニュースは、放送から一定期間が経過したニュースです。そのため、現在は状況や事実関係が異なっている場合があります。
アメリカが長崎に投下した原爆で被爆した平和活動家が亡くなりました。92歳でした。
土山秀夫さんは土曜日(9月2日)の朝、病院で亡くなりました。
土山さんは長崎に原爆が投下された1945年8月9日当時、長崎医科大学の学生で、近隣の県に疎開していましたが、(原爆投下を知って)すぐに長崎に戻り、爆心地からおよそ500メートルの所にあった大学病院で患者の治療に当たりました。
土山さんはその後、病理学者としての道を歩み、長崎大学の医学部長や学長を務めました。土山さんは、長崎で核兵器廃絶を訴える市民運動を立ち上げるとともに、毎年発表される長崎平和宣言の起草委員を20年以上にわたり務めるなど、(長崎の平和運動に尽力)しました。
この日本語は学習用に英文ニュースを和訳したものであり、実際の放送された日本語のニュースと表現が異なる場合があります。

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