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タイトル 日本ニュース 第125号
公開日 1942年(昭和17年)10月28日 日本ニュースについて

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チャプター

[1] チャプター1 本土空襲機搭乗員 軍律に照し処分  02:04
[2] チャプター2 学童の一日戦車兵  02:02
[3] チャプター3 朗色マニラ  01:43
[4] チャプター4 ボルネオ奥地開拓  02:47
[5] チャプター5 儼たり南の哨戒陣  02:41

再生テキスト

≪大本営陸軍報道部長、谷萩大佐≫
「去る4月18日、帝国本土を空襲し、我が方にとらえられたる米国機搭乗者中、取り調べの結果、人道を無視したる者は今般軍律に照らし、厳重処分せられたり。」

<字幕>(アナウンス有り)
「布告
大日本帝国領土を空襲し我が権内に入れる敵航空機搭乗員にして暴虐非道の行為ありたる者は軍律会議に付し死又は重罰に処す 満州国又は我が作戦地域を空襲し我が権内に入りたる者亦同じ
昭和17年10月19日
防衛総司令官」

去る4月18日、我が本土を襲い、非戦闘員たるいたいけなき国民学校児童に急降下、掃射の人道無視をあえてし、あるいは病院、学校、民家等、軍事施設にあらざるものを爆撃するなど、暴虐の限りをつくしたアメリカ機搭乗員に対し、今般、軍律に照らして厳重処分がかけられました。
ここに見るのは、その搭乗員の一部でありますが、将来とも非人道的行為をあえてするものは、断じて許すあたわず、今回同様断固処断せられるものであります。

秋空高く晴れ上がる富士を仰いで、東京をはじめその他の各地から選ばれた、国民学校高等科生徒250名余りが、10月24日、少年戦車兵学校に一日入校をいたしました。

(体操の様子)

体操が終われば、作業着に身を固めて、いよいよ待望の戦車搭乗。若獅子の兄さんたちが親切に教えてくれます。
一日入校の生徒たちは、大東亜戦争の前途を双肩に担う少年戦車兵の猛訓練をつぶさに体験。「国民学校を卒業したら僕も必ず少年戦車兵になるんだ」と日ごろの決心をますます固めました。

アメリカの古い殻を脱ぎ捨てて、日一日と新しい建設の歩みを見せているマニラ。スペイン文化をしのばせる、サンマルシェリーノ大学で、10月1日(いちじつ)から日本フィリピン児童の学芸品展覧会が開かれました。
雄々しくも大きな未来を一筆に見せたお習字や、勇ましい模型戦車が仲良く並ぶこの会場には、肩を組み、手を握ってともに進む明るい希望が漲(みなぎ)っています。
その明るい希望を、日本の内地と同じようにラジオ体操で鍛えようではないか。
日本晴れの10月17日、バルガス行政府長官も臨席して、ルネタ公園広場に集まった1万4000人。盛大なラジオ体操の大会です。毎日の熱心な練習は心も一つ、身も一つ。かくも美しく解け合って生まれ変わったフィリピンの楽しさを奏でています。

ボルネオの西北に、地味豊かに恵まれた天然の資源数多(あまた)を数えてレジャンの流れが潤している一帯がある。
このレジャン河をさかのぼって、ごく少数の一部隊が今日も奥地開拓、原住民指導の任務についた。
攻囲あまねくイギリス支配の消えうせた今、陸の精鋭は開拓の先兵でもあるのだ。
この先兵の道案内を務め、手を振って歓迎の意を表するもの、それはかつて首狩りで鳴らしたダイヤ族である。
陸の精鋭は自らもまず斧(おの)を握り、千古の密林を切り開いて農民道場を打ちたてた。勤勉な精神がボルネオの奥地に日本人の真の姿を知らしむべく脈打ち、秩序正しくより豊かな生産を目指して立ち働くことをダイヤ族に教え込む事業が始まったのである。
はっしと打ち込む斧(おの)の響きが密林にこだまする。あたかも未開の原住民の生活を打ち開くがごとくに。
一歩一歩、森林伐採の進んでいくこの地方には、すでに開拓先兵の努力が実を結んでいるところもある。水の便を図り、美しく畔(あぜ)を作って、熱帯の太陽を浴びる水田がはるばると広がっているではないか。まさしくこのあたりは雨も多く、この上ない稲の栽培地と言えるであろう。大東亜戦争の聖戦たるありがたさは、このような奥地にまでしみこんでいくのである。

相次ぐ皇軍の赫々(かくかく)たる戦果は、南方諸民族の胸中深く、大東亜建設の聖業を刻んで、皇軍あるところ、必ず住民の頼もしい協力の姿が見られます。ここ南方基地の島民も自ら進んで、海の防人(さきもり)を買って出て、海軍教官の指導の下に厳格な訓練が開始されました。陸地でまず見張り員の初歩を修めた彼らには、いよいよ待ちに待った乗船です。常日ごろことのほか視力の優れた島民には、この防人(さきもり)の任務は最も適したもので、ぐんぐん上がる成績に手をとって教える教官の言葉も思わず力が入ります。
「見張り員、配置につけ」命令一下、見張りの部署につく彼らは、皇軍の勇士に劣らぬ活躍ぶりであります。
東亜(音声中断)共同の宿敵、米英。忍び寄る敵逃さじと瞳をこらす彼らの姿は、自ずからの誇りと栄光に輝くかに見えます。
昼となく、夜となく、厳として揺ぎなき、我が南方哨戒の固めは、ここ南の島影にしばし翼を休める海の荒鷲の任務でもあります。
愛機の修理終われば、今日もまた南溟(なんめい)のしじまを破る爆音を後に、一機、また一機、大空遠く米英撃滅のその日まで、忍苦の哨戒飛行は続けられます。

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