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タイトル 日本ニュース 第4号
公開日 1940年(昭和15年)7月2日 日本ニュースについて

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チャプター

[1] チャプター1 満洲国皇帝陛下奉迎在留満洲人の赤誠  01:14
[2] チャプター2 航空界の至宝藤田中佐らの慰霊祭<戦線通信>  00:51
[3] チャプター3 陣中の魚釣り<戦線通信>  00:30
[4] チャプター4 陣中の砂風呂<戦線通信>  00:29
[5] チャプター5 米国超弩級戦艦ワシントン号進水  00:48
[6] チャプター6 皇軍宜昌占領重慶前衛の牙城潰ゆ  01:34
[7] チャプター7 独軍進撃急!パリ寸前に迫る  03:08

再生テキスト

満洲国皇帝陛下には、御入京以来、我が皇室と御交歓の毎日をお過ごしあそばされておりますが、6月30日には在留満洲国人の奉迎会に御臨場あそばされました。
阮大使をはじめ、満洲国人代表、粛然とお待ち申し上げるうち、皇帝陛下には御式壇に御着席、阮大使は謹んで御前に参進、奉迎文を朗読申し上げました。御来朝以来、このよき日を千秋の思いで待ちわびていた満洲国人代表は、今日ぞ間近に陛下の御姿を仰ぎ、感激の万歳に沸き上がりました。

(万歳三唱の声)

我が航空界の至宝、藤田中佐、高橋准尉、および陸軍随一のエキスパートといわれた渡邊少将ほか3名搭乗の藤田機が、昨年2月1日(いちじつ)、湖北省沙洋鎮(さようちん)付近で壮烈な自爆を遂げたことはまだ記憶に新たでありますが、故藤田中佐の親友ヒラタ部隊長は、沙洋鎮付近一帯を捜査中、6月11日、ついに沙洋鎮西南方1kmの川岸に一同の仮埋葬地を発見し、その遺骸を丁重に収容。心から今は亡き空の勇士の冥福(めいふく)を祈りました。

炎熱焼くがごとき大陸の戦線に、幾度か死線をくぐった兵(つわもの)たちにも、このようなのどかなひとときがあります。陣中の楽しい魚釣りです。お手製の釣り竿、ドラム缶のお船に乗って、さあ釣れるわ釣れるわ。ええい面倒、と大ざるを抱えてお池に入る太公望もあります。さあ、大漁だ。おいしそうな塩焼きのにおいがしてきました。

ここは熱風吹きまくる南シナ青龍島付近。清らかな流れに沿って、この一帯は砂を掘ると快い温泉が湧き出ます。兵隊さんたちにとっては、まったく戦場のパラダイスです。戦の合間に戦塵(せんじん)を洗い流す兵士たちの喜びはまるで子どものように無邪気です。戦友の肩を次々に流し合う、そしてまた明日はおおいに頑張ろう、お互いに励まし合い、流し合う。和やかな情景であります。

全ヨーロッパがあげて戦乱の渦中にあるとき、軍備拡充に大わらわのアメリカは、ワシントン軍縮会議以来、19年ぶりでその最初の戦艦進水式をこのほどフィラデルフィアにおいて盛大に挙行しました。
この超弩(ど)級戦艦・ワシントン号は、総工費800万ドル、総トン数3万5000t、16インチ砲9門を備える新鋭戦艦で、40億ドル、170億円の海軍大拡張計画の前奏として世界の注目を集めています。

城西の山野をひた押しに宜昌を目指す皇軍の精鋭は、敗敵(はいてき)を急追して強行、進撃の手を緩めず、山を越え、丘を越え、炎熱、実に(華氏)120度、大陸の暑熱もものかは、困苦を冒し、窮乏に耐え、次々と敵陣営を突破して、宜昌への距離を縮めました。
6月9日、北村、村井、柴田の諸部隊は少寡(しょうか)、敵前渡河を敢行。はるかに銃砲声の轟(とどろ)きを聞きつつ、人馬一体となって濁流を渡る。対岸はすなわち宜昌防衛の第一線。我が精鋭各部隊は、最後の(音声中断)総攻撃を開始しました。
かくて11日午後5時、我が各部隊は江岸(こうがん)ならびに当山山麓より一斉に城内に突入しました。
去る1日(いちじつ)、わが北方兵団が漢水を押し渡ってより、わずかに11日、ここに敵が重慶の防壁と頼む第五戦区最後の牙城(がじょう)はまったく覆滅して、長江1500kmの上流に日章旗燦(さん)として翻り、敵首都重慶は今やわが進撃の脅威の前におののくにいたりました。

フランダース戦線に徹底的勝利を収めたドイツ軍は、全線に渡ってパリを目指し、壮烈果敢の総攻撃を開始。フランスが誇る超重戦車もドイツの驚異的戦車砲の威力に屈して破壊され、哀れな残骸を横たえています。
パリへ。パリへ。空陸呼応する怒涛(どとう)の大進撃を阻むべき何者もありません。復讐と勝利を誓うナチスの精鋭は、全軍炎と燃えて、進撃、また進撃。

(砲撃の様子)

ここを先途と頑強に死守するフランス軍も、疾風迅雷のナチスの快速進撃に呆然(ぼうぜん)、なすところを知らず。敗退、また敗退を続け、地方都市は次々にドイツ軍の占領するところとなりました。
ドイツ空軍は休む暇なく、敵陣深く侵入して後方の輸送路を遮断し、飛行場に致命的打撃を与えました。見事な爆撃によって、飛行場は完膚なきまでに破壊され、不意を襲われた戦闘機、爆撃機がドイツ空軍の餌食となって悲惨な姿を見せています。
これはドイツの強力爆弾が開けた大穴で、その威力の一端を伺うことができます。
パリ近し、敵首都を指呼(しこ)の間に臨んで、全軍の意気まさに天に沖し、瞬く間もなく、ウエーガン線を突破。ここに壮烈無比、パリ攻略の一斉総攻撃の火蓋(ひぶた)は切って落とされました。

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