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タイトル 日本ニュース 第232号
公開日 1944年(昭和19年)11月9日 日本ニュースについて

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チャプター

[1] チャプター1 比島沖海戦  05:36
[2] チャプター2 神風特別攻撃隊  04:06

再生テキスト

 昭和19年10月24日。突如我が艦隊はフィリピン東方洋上に、その勇姿を現した。忍びがたきを忍んで決戦の時を待つこと2か年、敵アメリカに痛烈なる一撃を与えんとする我が艦隊の出現である。
索敵機は敵機動部隊をとらえた。直ちに攻撃出動の命、下る。されば杯を挙げて誓う、敵艦隊殲滅(せんめつ)の大戦果。
 進発。また進発。全攻撃力を挙げて、敵艦隊強襲へ、我が航空部隊は発動していく。しかし敵もまた死にものぐるいの決戦である。艦載機を飛ばして、我が海上部隊を猛然襲うであろう。攻撃機隊の凱歌(がいか)を待ちながら、我が方、万全の備えを固む。
敵機来襲。直ちに全砲門を開いてこれに応酬。星の標識も鮮やかな、敵グラマン。
敵、我が方に至近弾を投下。
グラマン、左翼付け根より火を吐いて撃墜。
空を覆う我が方の弾幕。
敵機、我が砲火に尾翼を吹き飛ばされてきりもみ墜落。
白煙を吐いて、敵機、海中へ突っ込む。敵弾により、我が飛行甲板に損害を被る。
されど激戦のさなかに消火成功。戦闘継続。
来襲敵機はおびただしく撃墜された。空と海の激戦は終わった。死を恐れぬ我が艦載機は、実によく戦って帰ってきた。燃料をほとんど使い果たし、母艦への着艦もあきらめて、僚艦の傍らへ着水するほどの頑張り方であった。カッターを下ろして、それらの勇士の救助作業は迅速に行われるのであった。
世界戦史に比類なき大戦果を収めて、帝国艦隊はなおも太平洋の波濤(はとう)を蹴って驀進(ばくしん)する。米英両国艦隊殲滅の日まで。

 レイテ湾に、フィリピン東方海面に、激戦壮烈を極める10月25日、神風特別攻撃隊敷島隊員は、敵艦隊攻撃の命を受けて出発せんとす。これを指揮するは24歳の若桜、関行男海軍大尉。中野、谷、永峰、大黒の各隊員、1機もって1艦に命中。生還を期せず。今、心静かに僚友とともに歌う「海ゆかば」。
 この日、特に所属長官は、関大尉をはじめ隊員とともに別れの杯を酌み交わして、全機必中の成功を祈った。
僚友に最後の別れを告げる勇士たちは、従容(しょうよう)としてむしろ死所を得たる喜びに燃えていた。この出陣の心境を、谷一等飛行兵曹は歌に残した。「身は軽く 勤め重きを思うとき 今は敵艦にただ体当たり」。神風特別攻撃隊の志願者は、陸続として後を絶たずという。その先駆け、敷島隊員の生還なき進発の時は来た。
帽子を振り、滑走路の方へ。基地の将兵は飛び出して別れを告げる。長い長い、見送りの列である。俺も続くぞ、成功を祈る。僚友の無言の声援を受けて飛び出した。誘導護衛機に導かれて、スルアン島の沖へ。悠久の大義に殉じ、忠烈萬世に冠たる出陣である。

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