「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュース映画部門を国策により統合したものです。
戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。「戦争証言アーカイブス」では、1940年(昭和15年)の第1号から、戦後も含め、1948年末までのものを公開しています。
※(1941年5月までの会社名は「日本ニュース映画社」)
※日本ニュース戦後編の再生テキストは、国立歴史民俗博物館の協力で作成しています。
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1948年6月
日本ニュース 戦後編 第125号
国会だより 芦田・野坂論争
日本ニュース 戦後編 第125号
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-カメラ報告- 増産をはばむ炭鉱の災害
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六大学リーグ 早明第二回戦 早5A-4明
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西尾副総理“五十万円”証言 不当取引委員会
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いよいよ核心をつく 不当取引委員会
日本ニュース 戦後編 第127号
早慶戦 六大学リーグ
日本ニュース 戦後編 第127号
日本ダービー 府中<時の話題>
日本ニュース 戦後編 第127号
八年振りにアメリカ現代劇 東京<時の話題>
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日本ニュース 戦後編 第127号
“一兆一千億円”をめぐる-
日本ニュース 戦後編 第128号
早稲田優勝 六大学リーグ
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