「日本ニュース」は、太平洋戦争を間近に控えた1940年(昭和15年)から終戦をはさみ、1951年(昭和26年)まで制作されたニュース映画です。制作したのは、「日本映画社」(※)で、1940年にそれまで4つに分かれていた新聞社や通信社のニュース映画部門を国策により統合したものです。
戦時中の「日本ニュース」は、日本軍や内務省の検閲を受けた後、毎週映画館で封切られ、国民の戦意高揚に用いられました。テレビがない時代、国民は「日本ニュース」が伝える真珠湾攻撃や特攻隊出撃、学徒出陣の様子を映画館で目にしたのです。
「日本ニュース」は、戦争完遂を目的にした国策映画ですが、太平洋戦争中の映像記録として大変貴重なものです。「戦争証言アーカイブス」では、1940年(昭和15年)の第1号から、戦後も含め、1948年末までのものを公開しています。
※(1941年5月までの会社名は「日本ニュース映画社」)
※日本ニュース戦後編の再生テキストは、国立歴史民俗博物館の協力で作成しています。
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1946年7月
日本ニュース 戦後編 第25号
衆議院本会議 ・共産党初登壇 ・憲法改正案上程
日本ニュース 戦後編 第25号
松岡被告逝く<時の話題>
日本ニュース 戦後編 第25号
読売新聞争議<時の話題>
日本ニュース 戦後編 第25号
パーカー中尉走る 進駐軍競技会 京都<時の話題>
日本ニュース 戦後編 第25号
大阪海の底から麦<時の話題>
日本ニュース 戦後編 第25号
久しぶりの一高記念祭 東京<時の話題>
日本ニュース 戦後編 第25号
浮浪児をどうする 東京<時の話題>
日本ニュース 戦後編 第26号
暴露された満州事変の正体 -東京裁判
日本ニュース 戦後編 第26号
逓信従業員 全面的闘争へ
日本ニュース 戦後編 第26号
アメリカ独立記念祭 東京<時の話題>
日本ニュース 戦後編 第26号
これも食糧 クヅの根掘り 東京<時の話題>
日本ニュース 戦後編 第26号
銀翼ここに成仏 大阪<時の話題>
日本ニュース 戦後編 第26号
踊る組合 東京<時の話題>
日本ニュース 戦後編 第26号
海外引き揚げ民 その後 投稿者・群馬・八田耕作さん<みなさんの声>
日本ニュース 戦後編 第27号
“やれば出来る” 学校給食問題
日本ニュース 戦後編 第27号
“働く婦人の声を” 民主主義 婦人大会 東京
日本ニュース 戦後編 第27号
拳闘 堀口対笹崎<スポーツの夏>
日本ニュース 戦後編 第27号
水泳 早大対慶大<スポーツの夏>
日本ニュース 戦後編 第27号
官公職員闘争解決 読売、ストライキへ<動く労働戦線>
日本ニュース 戦後編 第28号
勤労者に労調法反対の声<労働戦線の動き>
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