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番組名 [証言記録 兵士たちの戦争]フィリピン・エンガノ岬沖 ~囮(おとり)とされた空母 瑞鶴~
戦地 フィリピン(エンガノ岬沖、レイテ湾)  放送日 2010年2月27日

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チャプター

[1] チャプター1 フィリピンエンガノ岬沖  03:49
[2] チャプター2 世界に誇る日本の空母・瑞鶴  04:14
[3] チャプター3 過酷な訓練で質を高めた日本の熟練搭乗員たち  03:52
[4] チャプター4 見通しの甘さによる日本の大敗北  04:33
[5] チャプター5 追い込まれた海軍による捨て身の作戦  03:50
[6] チャプター6 アメリカと日本の圧倒的な軍事力の差  04:31
[7] チャプター7 物資も人材も失ってゆく日本軍  06:09
[8] チャプター8 瑞鶴に課せられたおとり任務  03:23
[9] チャプター9 任務を完遂する瑞鶴  05:19
[10] チャプター10 戦争を振り返る瑞鶴の生き残りたち  03:15

番組内容

太平洋戦争で、日本はアメリカに先駆け大規模な空母機動部隊を編成。

戦艦の主砲に勝る攻撃力を持つ航空機部隊を、海のどこからでも放つことができる、日本の空母部隊は、世界に圧倒的な強さを見せつけた。なかでも最も多くの海戦に参加したのが、空母・瑞鶴。戦局が悪化するなかでも、大きな損害を受けることがなかった瑞鶴は、幸運な空母と呼ばれたのだった。

しかし、昭和19年10月、レイテ沖海戦において、瑞鶴に命じられたのは、生還の見込みのない任務であった。

おとりとなった瑞鶴。しかも、航空機搭乗員の多くが訓練を十分に受けていない。瑞鶴は自らアメリカ軍を引きつけ、そして、魚雷と爆弾が一斉に瑞鶴を襲う。

乗組員と搭乗員のほとんどが、10代から20代の若者たち。なぜ、瑞鶴はおとりという絶望的な任務を強いられたのか。太平洋戦争を戦い続けた瑞鶴の軌跡をたどる。

関連する地図

フィリピン(エンガノ岬沖、レイテ湾)

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