武家諸法度(74秒)

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江戸幕府は全国の大名をしたがわせるため厳しい決まりをつくった。それが「武家諸法度」。この法度は以降、長く大名を統制していくことになる。
徳川秀忠(とくがわひでただ)や徳川家光(いえみつ)が、大名の守るきまりを示したことで、大名への支配を強めたことがわかる。
全国の大名を江戸幕府(えどばくふ)にしたがわせるため、二代将軍(しょうぐん)、徳川秀忠(とくがわひでただ)は、決まりをつくりました。「武家諸法度(ぶけしょはっと)」です。「大名は新しく城(しろ)をつくってはいけない」「許可なく結婚(けっこん)してはいけない」 武家諸法度は、大名の行動を取りしまり、反乱(はんらん)を起こさないようにするための決まりでした。さらに三代将軍徳川家光(いえみつ)は、この武家諸法度に新たな決まりを加えました。「参勤交代(さんきんこうたい)」です。大名は、1年おきに江戸と自分の領地を行き来することになりました。この決まりを守らない大名は、大名の地位や領地を取り上げられるなど、厳(きび)しい罰(ばつ)をあたえられました。「武家諸法度」は、全国の大名を従わせる大きな役わりを果たしたのです。


