アホウドリ ただいま復活中!

第098回「アホウドリ ただいま復活中!」

2008/4/20(日)午後7時30分~

2008年2月19日。伊豆諸島の鳥島から350km南の小笠原諸島・聟島(むこじま)へ、世界でも例のない“アホウドリのヒナの引越し”が行われました。
アホウドリは世界中で鳥島と尖閣諸島でしか繁殖していない国の特別天然記念物。翼を広げると2mにもなる巨大な海鳥。かつて北西太平洋に数十万羽がいたが、羽毛目当てに乱獲され、1949年に絶滅宣言が出されるほどに激減しました。1951年に鳥島で再び偶然に十数羽が発見されたとき、子育てをしていたのは島のたった一か所だけ。急峻で崩れやすい斜面にあるため、土砂崩れで巣が埋まったり、ヒナが落ちて死んでしまったりする危険な場所だったんです。そこで1993年、環境庁(当時)の委託を受けて、民間の鳥の研究機関である山階鳥類研究所が、なだらかで安全な草地にデコイと呼ばれる模型を置いてアホウドリを呼び寄せ、新たな繁殖地を作ろうという作戦を始めました。作戦は見事成功!最初の10年ほどはごくわずかしか来なかったのが、ここ数年で急激に数を増やし、16年目を迎えた今年、ついに最高100羽を超える鳥が観察されました!さらに今年は、新繁殖地で巣立った41羽のヒナの中から、親鳥に成長し、ここで次の世代を産むものも現れました。
そんな中、思わぬ出来事も。デコイを設置した当初、デコイに、くちばしをならし、身をすり寄せ、熱烈な求愛ダンスを繰り返すアホウドリが現れました。「デコちゃん」と名づけられた若鳥は、その後9年間デコイ一筋に実らない恋心を募らせ続けました。ところが、今年2月。立派なオスに成長したデコちゃんの傍らには、なんとヒナが生まれていました!
しかし、その新繁殖地でさえ実はアホウドリにとって完全に安住の地ではありません。鳥島は、過去100年間に3回も噴火している日本で最も活発な活火山の一つ。アホウドリが繁殖する10〜2月の間に大きな噴火が起これば、全滅する恐れがあります。そして2月、山階鳥類研究所、環境省、米国魚類野生生物局の共同プロジェクトによって、アホウドリの移住作戦が始まりました。鳥島で生まれたヒナ10羽を、噴火の危険がなく、かつてアホウドリがすんでいた聟島へ移し、巣立つまでの3ヶ月間、研究者が親鳥代わりとして世話をします。ゆくゆくは巣立った聟島に戻って繁殖をしてほしい、という壮大な試みです。

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取材こぼれ話

伊豆諸島・鳥島 編

はるばると東京都へ

今回、アホウドリの移送作戦そしてその撮影を行ったのは鳥島という無人島です。 アホウドリのヒナ(鳥島からムコ島に移送) 八丈島から船で16時間。緯度で言うと屋久島と同じぐらいの所まで南下してようやくたどり着く絶海の孤島です。2月初め、カメラマンと僕の2人は研究者の皆さんと一緒に漁船に乗り込み八丈島を出発しました。 南に向かうとはいえ2月の海。これが寒いのなんの・・・。大陸から吹き出し、日本を越えて太平洋へと吹きつけている季節風、その寒々とした雰囲気は天気予報の雲画像で見たことはあったけれど、船上、さらにその後の鳥島暮らしで実際に体験してみると、「これがそのシベリアからの冷たい空気かー」と感じさせられました。(当然、普段、東京で暮らしている時にも上空を通過している風なんでしょうが、海上だととっても強くて寒いんですね。) その旅路の途中、八丈島から南には延々と海が続きます。「海ですねー」「うん太平洋だねー」などと感心しつつ船上にいた僕らも2時間ほどで飽きてきて「海ばっかやん」「単調や」などと文句を言う始末(ディレクターは関西人です)。でもその後「おっ!あれなんだ?」という瞬間がやってきました。 こちら、ご覧ください。 ベヨネーズ列岩 海上に10メートルほど突き出た岩。ベヨネーズ列岩と呼ばれています。 これは明神岩礁として知られる海底火山の形成するカルデラの外輪山、その西の端っこにあたる岩なんだそうです。先っちょだけしか見えていませんが直径8キロぐらいの火口の一部なんですね。おそらく、と言うか、ほぼ確実にここに人は住んでいないと思います。 さらに進むと須美寿島(と言っても高さ100mほどの岩)があって、その先に鳥島が現れます。

こうしてはるばるやってきた鳥島。かなり南にある絶海の孤島ですが東京都です。そんな島にいて、ラジオを聴いていると「関東地方の交通情報・・・首都高速、三宅坂をあたまに渋滞3キロ・・・」ふむふむ。確かに自分は今東京都にいるのだけど、絶対この渋滞とは関係ないなと、ふとブツブツ言っている自分がいました。さあ鳥島生活の始まりです。

あなどるなかれ標高300m

鳥島は海底火山が作り出した島。そのため標高は最高地点でも400メートル足らず。しかし海底からそびえる山の頂上部分が陸になっているだけなので、まるで北アルプスの3000m級の山にいるような険しさがありました。

さらにアルプス的なところだけではなく、スコリアという細かな粒状の溶岩がつもった富士山のような場所もあれば、流れ出した溶岩が大地を覆ってそのまま固まった部分もありました。

そのどの地形も歩きにくいことこの上ないんですが、私たち撮影隊の生活は島の西にあるキャンプ地から直径およそ2キロ半の島を横切って島の東側の撮影地へ、毎日片道およそ2時間の“通勤”をする生活でした。その間、実に様々な地形を通り抜けます。下の様子はスコリアと呼ばれる、体重をかけるとズルズル崩れていくような地面が続く地帯で“ひと休み”の風景です。

スコリアはなだらかな斜面なので落石や滑落の危険性は低いのですが、崩れやすいので登っても登ってもズルズル下がってしまい標高が稼げません。20キロぐらい荷物を背負っている時には体力的に結構つらい地形でした。そんなスコリアを通過してアルプス的な岩稜に入る時に欠かせないのがヘルメット、そしてハーネスです。

写真ではハーネスがよく見えないと思いますが、これは体にザイルを固定するためのベルトのようなもので、鳥島での行動では必需品なのです。我々の毎日は5時起床、朝食後7時にはヘルメット&ハーネスを装備していざ“通勤”開始。そして一日中アホウドリの姿を追うという生活でした。

岩稜では自分が100m下まで落ちないように気をつけるのはもちろんですが、足元の岩を落としてしまわないように注意することもとても大切でした。撮影以外に調査研究も続いていて、崖下には誰かいるかもしれない。また僕が引き起こした落石がアホウドリのコロニーに落下して鳥に危害を加えてしまうかもしれない。3000m級の山岳地帯で行動する時と同じ、もしくはそれ以上に注意が必要な“職場”でした。

か、帰れない・・・

番組をご覧いただくとわかるのですが、アホウドリは羽毛目的で乱獲された結果、極端に数を減らしてしまった鳥です。だからこそ今回の移住作戦など、人間が手を貸してその数を回復させようとしています。それだけ貴重な鳥ですから、繁殖している近くへ我々人間は近寄りません。アホウドリを刺激しないためです。少なくとも100mぐらいの距離を保って撮影や調査が行われました。そんなアホウドリの繁殖地の周辺、我々が撮影で歩き回る場所には、実はクロアシアホウドリという鳥が巣を作っています。同じアホウドリの仲間ですが羽毛が黒いので乱獲対象になりませんでした。(羽毛が白く美しかったアホウドリは、明治時代、日本からヨーロッパへの輸出品になっていたそうです。)下の写真で、撮影している我々の手前にいる黒い鳥がクロアシアホウドリです。

このクロアシアホウドリの方はほとんど人間を警戒しないので撮影中にもすぐ近くをウロウロしています。ひどい時には歩み寄って来て僕をじっと見つめ「そこ通りたいんですけど・・・」 「あんた邪魔なのよね」という風な顔でギャーと鳴きます。僕は「す、すみません」と場所をゆずりクロアシアホウドリが歩いて通るのを待つしかありません。 でも鳥がこんなにも人間を恐れず、一緒にいられるなんて経験は僕にとって初めてで、実に興味深い、気分のよい経験でした。カメラマンとは「人間が悪さをする前だったらアホウドリもクロアシみたいに“職場の友”だったのかもね」と話しつつ鳥島の日々は経過していきました。

そんな鳥島の最大の難点、それはアクセスです。特に北西季節風が強かった今年の冬、鳥島付近は連日4,5mの高波が続き、とても迎えの船が来てくれる条件にはなりませんでした。 ただ走るだけなら漁船も高波を乗り越えますが、鳥島の場合、最後の数百m、漁船から岸までの間は小さなゴムボートで渡るしかありません。そのゴムボートが転覆せずに走れる波はせいぜい2m。かなりの好条件じゃないと脱出できない島なのです。

八丈島から迎えの漁船は来てくれたもののボートが出せない。そんな日々が続きます。今日も波がダメ、今日も・・・そんなことを繰り返す間、漁船は島の風下側に避難して待っていてくれます。でもその待ちにも限界があります。漁船が積んできた食料が尽きる前に、いったん16時間かけて八丈島に戻るしかありません。 今回は予定の日程から11日遅れで何とか島を脱出。でも毎年鳥島へ来ている研究者の方によると最大45日予定がのびたこともあるとのこと。「やべっ、帰れない」とあせる前に、ちゃんと予備の食料、燃料などを用意しておくのが鳥島の基本なんだそうです。 そんな島で毎年調査をしている研究調査員の皆さん、すごい人たちが僕の知らなかった所にいたんだなあ・・・というのが今回の撮影で一番びっくりしたことでした。