短足のスゴイやつ!ヤブイヌ

第167回「短足のスゴイやつ!ヤブイヌ」

2009/10/18(日)午後7時30分~

ブラジル中西部の熱帯地方、マット・グロッソ州。広大な草原には低い木の森が点々とあります。その森の藪には1千万年もの昔から、原始の姿を残す野生のイヌがすんでいます。名前はヤブイヌ。体長は60センチほど。つぶらな瞳に短足で胴長の体は愛嬌たっぷりです。実はこの体型、藪で暮らすためにとても便利なんです。深い藪をかき分け、すり抜け、地上すれすれを通ることが出来ます。さらに、そのスリムな体は狭くて細い巣穴で暮らすうえでも役に立ちます。そんなヤブイヌは行動もユニークで、メスは縄張りを示すため、なんと逆立ちしておしっこをします。さらに、細長い巣穴で体の向きを変えずに移動する秘策が“後ろ歩き”。ヤブイヌは顔を前に向けたまま後ろ向きに歩くのが大得意です。独特の体型をフルに活かし、快適に藪生活や巣穴生活を送るヤブイヌに迫ります。今回、発信器調査を行っている地元の研究者とともに、これまでまさしく“藪の中”だったヤブイヌの狩りの一部始終も撮影することに成功しました。今年生まれの赤ちゃん3匹を含む9匹のヤブイヌ家族。一丸となって穴掘りをし、地中深くから掘り出した獲物とはいったい何だったのか?スクープ映像満載で送る、ヤブイヌの驚きに満ちた藪生活の新伝説!

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取材こぼれ話

ブラジル 編

何でも逆さまのイヌ!?

「短足胴長でずんぐりむっくり。おまけに逆立ちでおしっこしたり、後ろへ走る!?」そんなおかしな野生のイヌ「ヤブイヌ」の噂を、かねがね耳にはしていました。でも、厳しい大自然を生きる野生のイヌなら、スラリと長い足を持っていた方が有利そうだし、どうしてわざわざ大変な逆立ちまでしておしっこをするのか、どれもが“ワケワカンナイ”状態でした。しかし、ヤブイヌの姿や行動は、“逆転の発想”だったんです。ヤブイヌはユニークな個性を活かしているからこそ、大自然を生き抜くことができていたんです! 実は、コミカルな噂は流れていたものの、ヤブイヌの「野生の生態」を克明に描いたものは、映像はおろか、文章さえありませんでした。あれだけ特徴のある動物なら、さぞかし研究が進んでいるだろうという甘い期待は、取材計画の当初から見事に打ち砕かれました。研究がなされていない理由は明白でした。ヤブイヌの生息環境のためです。ヤブイヌは名前の通り、前に進むこともままならない深い薮の中で生きています。生い茂る草木にさえぎられた地上すれすれの世界、姿を見つけることさえ容易なことではありません。ヤブイヌが博物学者によって発見されたのは1840年頃だそうですが、その後、ごく最近まで本格的なフィールド調査は行われなかったのです。

新番組?「エジソンが来た!」

ヤブイヌの撮影の行方は、まさに“薮の中”。どうしたもんかと悩んでいるときに、朗報が飛び込みました。ブラジルにたった一人、ヤブイヌに発信器をつけて追いかけている研究者がいるというのです。発信器があれば目視ができなくても、ヤブイヌを追いかけることはできます。粘り強く待てば撮影が可能なはず…。早速、研究者と連絡を取りました。研究者の名前は、なんと“エジソン”さん!かの有名な発明家と同じ名前。名前だけで頼りになりそうです。強力助っ人“エジソン”が来た! エジソンさんがヤブイヌの研究を始めたのは今から9年前。それまではタテガミオオカミやスジオイヌといったブラジルにすむ野生のイヌの仲間の研究をしていました。ついに5年前、ヤブイヌに世界で初めて発信器(ラジオテレメトリー、略してテレメ)をつけることに成功。当時7匹の群れをモニタリングし、野生の生態を探り始めたのです。現在調査している群れは新たな9匹の家族。今まで動物の取材をした中で、エジソンさんほど“テレメ”の扱いに慣れた人は知りません(あくまで個人見解)。どちらを向いても同じ景色に見える薮の中ですが、キャッチした“テレメ”の音を瞬時に判断し、ヤブイヌの行動を先回りして誘導してくれます。

毎日お引っ越し!愛と青春のヤブイヌ

しかし、いくら発信器がついているとはいえ、撮影は困難を極めました。なぜなら、驚いたことに、ヤブイヌはほぼ毎日違う巣穴で暮らしているからです。連日2,3キロ歩いては、手頃な穴を見つけてお引っ越し。またもや型破りな習性を発揮するヤブイヌ。もちろんヤブイヌなら、生い茂る薮の中を進むことはへっちゃらです。短い足と細長い胴体なので、地上すれすれ、狭い隙間もスルリと抜けられますから。一方、こちらは道なき道を重い機材を担いで進まなければなりません。それに、少しでも早くヤブイヌに近づくため、薮だけでなく、草原、湿地、沼地、川など様々な場所を突き進みます。おかげで、しゃがんだり、またいだり、飛び越えたりの全身運動。おまけに農地にも隣接しているため、家畜につくダニやノミまで総攻撃してきます。傷跡は170カ所に上りました。いくら歩幅の小さい短足のヤブイヌとはいえ、追いつくのは至難の業です。以前、ある番組でアメリカ海軍の海兵隊の訓練を取材したことがありますが、頭の中はまさにその風景。映画「愛と青春の旅立ち」のテーマ曲がどこからともなく聞こえてきたのは言うまでもありません。

ここ掘れワンワン?

今回、最も驚いたのは「ヤブイヌの狩り」です。野生のイヌの仲間の多くは、群れで走って獲物を追います。オオカミやリカオンなどがそうですね。ところが、ヤブイヌはここでも常識を覆す方法をとるんです。エジソンさんの情報によると、狩りの方法は、なんと家族で“穴掘り”!それも、穴を掘るもの、掘った土を運ぶものなど役割分担があるというのです!でも、エジソンさんがこのことを発表した時、誰も信じてくれなかったと言います。エジソンさんのためにも、ぜひ映像におさめるとぞ決意を固めました。 しかし、簡単にその様子を撮影できるはずもありません。狩りはどのタイミングで、またどの場所で撮影できるかとても予測が難しいのです。われわれは来る日も来る日もヤブイヌが引っ越した場所を確認。そして、その翌朝の5時頃、ヤブイヌが巣穴から出て来るのを待ちました。とにかくヤブイヌの一日の全行程について行くスタイルを取ったのです。でも、そこはさすが野生のイヌ。こちらが気づかなかった別の出口からいつの間にか逃げ去ったり、追っている途中で突然行方をくらますことがばしばありました。 でも、われわれにはエジソンさんという強い味方がいます。エジソンさんは、ヤブイヌがこちらを嫌がらない、けれど何とかこちらも追いつけるという微妙な距離を、ヤブイヌの姿を目視できなくても発信器の音だけで的確に判断してくれたのです。そして、何度も何度もあきらめずに撮影に挑戦する中、薮の奥で宙に舞い上がる土を発見!ついに、必死で穴を掘るヤブイヌ家族を捉えたのです!

地上すれすれの果てしない世界

もちろん、襲われる動物には大変申し訳ない気持ちでいっぱいでした。しかし、日本に暮らしていると意識にすらのぼらない地球の反対側の森の奥深く、生い茂る薮の下で、毎日穴を掘り続けて生きているヤブイヌ家族がいるんだなあと思うと感慨深いものがありました。ヤブイヌは1千万年もの昔から、薮の中を短足胴長の姿で生きてきたと考えられています。風変わりな姿形や特異な行動。でも、他と似ていない道を選んだからこそ、今も生き抜いている。そう思うと個性の大切さが身にしみてきます。どうかヤブイヌの魅力あふれる姿にご期待下さい!