突進!イボイノシシ

第138回「突進!イボイノシシ」

2009/3/1(日)午後7時30分~

アフリカの大草原サバンナに暮らす草食動物イボイノシシ。顔にある三対のイボが名前の由来です。日本のイノシシと比べると、体つきは一回り小型でスマート。足が長くて筋肉質で、脂肪も少なめです。この独特の体型を活かした疾走ぶりはお見事。最高時速55キロ、競走馬に匹敵するほどのスプリンターでスタミナも十分です。ライオンやチーターに追われても振り切ってしまうことがほとんどです。万が一追いつかれても、向こう見ずなほど気が強く、身の危険をかえりみず肉食獣に突進し追い払ってしまいます。猛然と疾走する様子は、まさに猪(ちょ)突猛進なのです。
しかしイボイノシシをじっくり観察すると、普段の暮らしはとても繊細で思慮深い面があります。群れをつくらず子育てを母親一匹で行うイボイノシシは、あの手この手で弱い子どもたちを守ります。日本のイノシシが寝転がって授乳するのに比べて、イボイノシシの授乳は常に立ったままです。肉食獣への警戒をおこたることはありません。さらに、あえて大型の草食動物のそばで過ごすことで、危険を早めに察知しようとします。極めつきは、草原のあちこちの地下に巣穴を設けることで、かよわい子供たちを外敵や厳しい自然環境から守っていたのです。今回、特殊な戦車型カメラを準備し、草原の地下で、細やかな愛情を注いで子育てをする姿を初めてとらえました。
強敵ぞろいのアフリカ大草原を、時には厳しく、時には優しく、さらに賢さや忍耐強さを持ち合わせることで巧みに生き抜いてきた、イボイノシシの驚きの暮らしぶりを描きます。

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取材こぼれ話

アフリカ・タンザニア/セレンゲティ国立公園 編

脇役が主役? イボイノシシ探し

撮影の舞台は、アフリカ・タンザニアのセレンゲティ国立公園。観光客はもちろんのこと、私たち自然番組の制作者にとっても、一度は訪れてみたい憧れの地です。関東地方ほどの広さの果てしなく広がる大草原に、ライオン、ヒョウ、チーター、ハイエナ、ジャッカルなどの肉食獣と、ゾウ、キリン、バッファロー、シマウマ、ヌー、インパラなどの草食動物が暮らし、空にはタカやワシなどが無数に飛び交っています。まさに世界有数の野生動物の宝庫なのです。

初めてこの地を踏んだディレクター(私)とカメラマンは、あまりもの壮大さにあっけにとられたところから取材は始まりました。本当に広すぎて困ったのです。どこで撮影を行ったらいいのか全く見当がつかないのです。ライオンやチーターなど有名で人気のある動物なら必ずといっていいほど、長年調査を行っている研究者たちがいます。研究者に協力してもらえれば、効率よく撮影対象を発見することができます。でも、私たちの撮影対象は「イボイノシシ」。誰も本気でこの動物を見ようとする人たちはいません。現地のことを良く知っているドライバーや、公園のレンジャーとともに行動していたのですが、撮影対象があまりにもマイナーな動物だったので、情報がほとんど集まらないのです。観光客のサファリカーとすれ違うたびに、ドライバー同士のこんな会話がいったい何度繰り返されたことか!
「(道の)そっち側には、何か動物がいた?」(観光客のサファリカー)
「いや、いない。ライオンが木の上にいただけだ」(撮影車)
「木登りライオンか!凄いじゃないか、場所はどこだ?」(観光客のサファリカー)
「ここから北に3キロだ……。ところで、(道の)そっち側にギリはいたか?」(撮影車) (注)ギリとは現地の言葉でイボイノシシのことです。
「は?ギリ? へへへ(馬鹿にした笑い)」(観光客のサファリカー)
「そうだよギリだよ、ギリ」(撮影車)
「ギリなんかその辺にいっぱいいたよ、へへへ」(観光客のサファリカー)
「どの辺りだった? どんな群れ? 子連れ? オス?」(撮影車)
「2,3匹だったような…へへへ。ところで、ヒョウはいなかったか?」(観光客のサファリカー)
「親子のヒョウがじゃれ合っていたぞ…」(撮影車)
「おー!そのヒョウはどこどこ……(しばらくヒョウの話)」(観光客のサファリカー)
「ヒョウはさておき、ギリを見かけなかったか…(この繰り返し)」(撮影車)

サファリカーのドライバーたちは、観光客に人気のライオンやヒョウなどの居場所を必死で情報交換しています。そんな中で、マイナーな上に、どちらかというと不細工なイボイノシシの姿を一ヶ月以上も追いかける私たちはどれだけ奇異に見られたことでしょう。本当によく笑われました。宿泊先の従業員たちに「そんなに豚が好きなのか?大丈夫?」と本気で心配されたこともありました。ちなみに、イボイノシシはイノシシの仲間です。豚はイノシシが家畜化されたものなので、イボイノシシと豚は、親戚のようなものです。でも、豚とは違ってイボイノシシは本当にスゴい動物なんですよ。競走馬もびっくりするくらいの速さで疾走したり、襲いかかる肉食獣に反撃して追い払ったり…。でも意外と優しく賢く忍耐強かったり…。今まで脇役としてしか見られていなかったイボイノシシを堂々たる主役として撮影し、番組のなかでたっぷり紹介しています。ぜひともご覧下さいね。

雨にも負けず、ハエにも負けず

私たちが撮影で訪れた時期は乾季の終わりでした。この頃に、イボイノシシの赤ちゃんが誕生するからです。でも、この年、一ヶ月早く雨季がやってきました。乾ききった茶色の大地がみるみる緑色の草原に変わってきました。ときおり雷雨で撮影ができないこともありましたが、赤ちゃんイボイノシシはちゃんと撮影でき、大草原の景色も美しくて、予想外にラッキーだったかなーと思っていたのでした。でも、予期せぬハプニングはなぜか必ず訪れます。

緑一色で染まったセレンゲティ国立公園に、一ヶ月以上早くやってきた動物たちがいました。それがヌーとシマウマの数百万頭もの群れ。新たに生えた草を求めて、ケニアから国境を越えて移動してきた大集団です。「野生動物の宝庫」を紹介するにはふさわしい撮影対象なのですが、困ったものを引き連れてきてしまうのです。それはハエ。それもヌーやシマウマの大群をはるかにしのぐ数のハエです。まさにハエ地獄です。

私たちが撮影を行う車は、カメラがどの方向でも向けられるように、屋根もドアも取り払っています。ですからハエは入りたい放題。野生動物と間違えているのか、私たち人間にいくらでも集まってきます。追い払ってもきりがありません。ハエは目や口の周りはもちろん、耳の穴や鼻の穴に、次から次へと侵入してきます。動き回られるとくすぐったくて、これまた大変でした。と言うのは、撮影中は身動き一つできません。車の中から撮影するのですが、手でハエを払うなどすると車が揺れて、撮影している映像も揺れて放送で使えなくなってしまうからです。ですから必要に迫られて、いろんな技を身につけました。まつげでハエ叩きをしたり、唇の筋肉を微妙に動かしてハエの足をはさみ動きを止めたり…。人間の「顔」って、こんなにも動かせるものなのかと、感心したものでした。

これだけなら笑い話なのですが、このハエの大群のなかに恐るべき敵がいたのです。その名はツエツエバエ。ハエよりも一回り大きいのですが、ハエの大群に紛れるとその存在に気づきません。でも、そのうち「いてー!!」と叫ぶ羽目になります。ツエツエバエは吸血性のハエで、注射のような針を口からぶすっと刺してくるのです。日本にいるアブみたいな感じです。刺された後は赤く腫れ上がり、なかなかかゆみがとれません。かゆみだけならまだしも、ときには「眠り病」という病気に感染し、命に関わることさえあるのです。ですから、ツエツエバエにたかられると笑ってなどいられません。たとえどんなに蒸し暑くなっても、顔にタオルを巻いたり、ネットをかぶったりと、防虫対策をとるほかありません。大自然は厳しいものだな〜と改めて実感する日々でした。

おまけ

撮影に困難はつきものですが、それを楽しい想い出に変えてしまうのが、セレンゲティの自然のすごさです。今回の番組では、イボイノシシを中心に、たくさんの肉食獣や草食動物が登場します。番組をみて、セレンゲティの魅力の一端を感じていただければ幸いです。一度訪れたら、すぐにまた訪れたくなる、本当に素敵なところです。最後に、おまけの写真をどうぞ。