キタキツネ 母と娘で共同子育て

第129回「キタキツネ 母と娘で共同子育て」

2008/12/14(日)午後7時30分~

北海道東部の小清水町。防風林に区切られた畑や牧草地がパッチワークのように広がり、雄大な風景が続きます。春、ここでは、防風林の丘に開いた巣穴で子育てをするキタキツネの姿が見られます。キタキツネは、基本的には父親と母親とで子どもを育てますが、北海道東部では、娘夫婦が母親夫婦の元に戻り2世帯で育てたり、母と娘で育てたりする珍しい子育てを行います。今回、10匹の子ギツネを育てるメス2匹の大家族を、半年にわたり密着取材することで、ユニークな子育ての詳細を撮影できました。子どもがまだ小さいうちは、2匹の母親は、互いの子に分け隔てなく授乳し、乳離れすると今度は2匹が互いの長所を活かして巧みに子育てをします。経験豊富な母は、獲物が捕れる場所を熟知しているため、湖畔の魚や牧草地のネズミなど効率よく捕り子どもに与える一方、巣の見張りをする若い娘は体を張って巨大なワシを追い払い、子ギツネを懸命に守るのです。子どもが育っていく中、キタキツネ大家族は、ひんぱんに引っ越しをするふしぎな行動をしたり、大きくなった子どもと親が劇的に別れたり様々なドラマを見せてくれます。春から秋に渡り、共同子育てをする母と娘の2匹のキツネを主人公にキタキツネ大家族の驚きのドラマを見つめました。

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取材こぼれ話

北海道・網走地方 編

娘が里帰りして子育て!?

北海道を代表する動物は何かと聞かれれば、人によって意見は分かれるところでしょう。でも何度も映画の主人公になったことがあるのはキタキツネくらいでしょうから、その存在感はまさに北海道を代表していると(個人的には)思います。 キタキツネは春から夏にかけて親が子どもを愛情たっぷりに育てます。ところが夏の終わりになると親は豹変、文字通り牙をむいて子どもを縄張りから追い出します。「子別れ」と呼ばれる行動です。これで親子の関係は終わりだと思っていました。けれども取材をするうち、意外な事実が分かってきました。 なんと翌年、追い出された子どもが親の巣穴に戻ることがあるというんです。しかも戻るのは初めて出産をするメスのみ。理由も子育てのためというんです。「実家に里帰りしてお産と育児」なんて、まるで人間みたいじゃありませんか!おまけに親だって毎年出産と子育てをしますから、娘が実家で出産すれば二世帯家族になるわけです。 実はこれまで、キタキツネの大家族を見たという報告が北海道の至る所でありました。普通なら子ギツネは一家族にせいぜい5〜6匹なのに、なぜか10数匹というケースが各地で見られているんです。でもそれは一時的な現象だったり、長期間観察できなかったりで、謎のままでした。ひょっとしたら「里帰りして子育てする娘」というのは、キタキツネ大家族の謎を解く鍵になるかもしれない、番組のきっかけはそんな思いからでした。

キタキツネはどこにでもいる!?

今回、私たちがキタキツネを撮影したのは、札幌から東へ350キロ、オホーツク海に面した網走地方の小清水町でした。高速道路を使っても札幌から車で6時間はかかります。そんな遠くまで、半年にわたって通い詰めたわけですが、ロケ地に行くたび地元の人たちからは決まってこう言われました。 「キツネを撮るためにわざわざ来たの?キツネなんて、どこにでもいるっしょ?」 たしかに、お説ごもっともです。実際、札幌やその近郊でも「野良猫よりキツネの方が多い」なんて言われたことがあるようですし(今は以前ほどではないようですが)、観光地に行けばキツネが人のそばに寄ってきて食べ物をねだるなんてこともよくあります(ただし野生動物の餌付けにつながるので与えてはいけませんが)。北海道の人にとってはキタキツネなんて珍しくも何ともない、「どこにでもいる」動物なんです。 しかし!どこにでもいる割に、撮影は非常に難しい動物でもあるんです。 キタキツネはとても神経質で、カメラを向けただけで逃げることなんてことはしょっちゅうです。まして子育て中は一層警戒心が強くなっていますから、ちょっとしたことで巣穴からいなくなってしまう恐れだってあります。札幌近郊で見つけた巣穴も撮影候補として考えましたが、子育ての一部始終を撮影できるかどうかは不安でした。 おまけに今回狙いとしたのは、母と娘の共同子育てです。 お父さんギツネとお母さんギツネが子育てしているところへ、妊娠中の娘ギツネが里帰りすることが必要になります。通常のキタキツネの撮影以上にハードルが高く、撮れるかどうかは正直言って不安でした。 そこで、専門家が長年にわたって研究・撮影を続けてきた網走地方の畑作地帯を舞台に選んだわけです。実はこの周辺では共同子育てが何度も目撃されてきたため、撮影の確率も高いのではないかと踏んだのです。

ついに発見!母と娘の共同子育て

4月、目星をつけていた巣穴で2匹の親ギツネの動きが慌ただしくなりました。どうやら子育てが始まったようです。でも外見だけでは、巣穴に出入りしているのがお父さんギツネなのかお母さ んギツネなのか分かりません。授乳する姿が母親を見分ける決め手になりますが、子どもが小さいうちは巣穴の中でしか授乳しないんです。そのため判然としない日が続きました。おまけに娘ギツネが里帰りしている気配もありません。 「まずいなぁ…。共同子育てなんて撮れるのかなぁ…」 焦りを感じつつも、いまさら撮影する巣穴を変えるのもリスクが高いと思い、我慢して待ち続けました。 撮影開始から半月ほどたったある日、巣穴の前で子どもに授乳するキツネを見つけました。これで2匹のうち片方がお母さんということが分かりました。ならばもう一匹はお父さんギツネだろうと思っていたら… ある時、そのキツネも子どもにお乳を与え始めたんです! 「えっ、2匹ともお母さん?どういうこと?」 実は私たちが見ていたのは夫婦でなく、母ギツネと娘ギツネの親子だったというわけです。私たちが観察を始めた時には、娘はもう既に里帰りして出産していたんですね。母と娘の共同子育ては、こうして撮影が始まりました。

「共同子育て」は同居ともヘルパーとも違うんです

母と娘、そして両方の子どもが共に暮らすキタキツネ大家族。一緒にいるだけなら単なる同居で、「共同子育て」とは言えません。 また、動物の子育てには「ヘルパー」という存在もありますが、それとも違うんです。ヘルパーとは一般に、親元に次の年まで残って親の子どもの世話をし、自分では子どもを生まない個体のことを指します。これはイヌ科の動物などで見られるもので、キツネにもあります。 一方、「共同子育て」は、母も娘も子どもを産んでいて、その子どもたちを母娘がまとめて面倒見ている、というのが大きな特徴なんです。娘にしてみれば、実の母が自分の子どもの面倒も見てくれるわけですから、こんな心強いことはないでしょうね。こんな子育て法、他の動物ではあまり知られていません。適応力の高いキタキツネだから、こうした子育てが出来るのかな、と強く感じました。 「キタキツネという動物は、見れば見るほど人間そっくりに思えてくる」 そう語ったのは、取材でお世話になった専門家の方です。今回の番組で、そうした部分が少しでもみなさんに伝わってくれればと思っています。