アンデス疾走!珍獣ビクーニャ

第115回「アンデス疾走!珍獣ビクーニャ」

2008/9/7(日)午後7時30分~

南米アンデス、4000m以上の高山に住むラクダの仲間ビクーニャ。薄い空気の中でも時速50キロの猛スピードでかけ回ります。体を覆うのは極細の毛。「神の糸」と呼ばれ、寒さや紫外線から体を守ってくれます。家族のメンバーは一匹のオスと複数のメス、その子供たち。草食動物では珍しくオスも一年中家族といっしょです。命をかけて他の群れや天敵からメスや子供を守るのです。家族の強いきずなで、高山の過酷な自然を生き抜く珍獣の暮しに迫ります。

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取材こぼれ話

ペルー/パンパ・ガレーラス保護区 編

“神の毛”に覆われた珍獣

ビクーニャという名前は、日本ではなじみが薄いかも知れません。中には、あの高級毛織物のこと?と思い当たる方もおられるでしょう。そう、ビクーニャの毛はインカ帝国の時代「神の毛」(“髪の毛”ではありません)と呼ばれ、その毛で織った服は皇帝だけしか着ることが許されない貴重なものでした。 現在もごく少数の製品が販売されていますが、マフラー30万円、セーター100万円、毛布300万円、コートにいたっては600万円もするそうです。 なぜそんなに高いのか?ビクーニャの毛は太さが1ミリの100分の1と、生きものの毛では極めて細く、羊毛の3分の1、人間の毛の10分の1しかありません。そんな細い毛で高山の寒さや、強い紫外線をシャットアウトするのですから、軽くて保温性が高い極上の品質ということになります。 その上、ビクーニャは家畜化することができず、毛を採るには野生のものを生け捕りにし、毛を刈った後また放すという手の込んだ作業が必要で、毛自体が極めて稀少なのです。 そうしたことが祟って、一時密猟が絶えず、1960年代には絶滅寸前にまで追い込まれました。 その後の手厚い保護によって現在絶滅の危機はひとまず脱したとのことですが、まだまだインカ時代の状態には遠く及びません。 そんな稀少な動物を、広大なアンデス山脈の中でどうやって見つけ出し、どうやって撮ればいいのか、本当に撮れるのだろうか?というのが、まず最初にスタッフの頭をよぎったことでした。 しかし、やるっきゃない・・・・

標高4000mのアンデスへ

ところが、意外にも答はすぐに出ました。大山修一さん(首都大学東京)という研究者が、2001年以来ビクーニャの調査を続けていることが分かり、早速情報をうかがったところ、あっさり「撮れますよ、今度の調査の時いっしょにいらっしゃい」というご返事。撮影場所はペルーのパンパ・ガレーラス保護区が良く、時期は出産と繁殖が重なる3月が一年で最も行動が活発になるので、おもしろいでしょうとのこと。これで難題の一つが解決と喜んでいると、出産や交尾そのものは撮るのが極めて困難とか。大山さん自身だけでなく、彼がいつも調査の案内を頼む2人の地元育ちのベテランレンジャーも、出産を目撃したのはこれまでにたった一度きり、それもはるか彼方で、交尾に至っては3人とも見たことが無いというのです。行く前から、困難が予測されます。 パンパ・ガレーラス保護区は、地上絵で有名なナスカの上方に位置します。ナスカの標高が約600m、パンパ・ガレーラスは4000m以上。この3400mの標高差を、車でわずか2〜3時間で登り切ってしまうのです。空気は3分の2まで減り、少し歩いただけで息切れします。そのうち頭痛が起き、鏡を見ると顔が自分のものではないようにむくんでいます。典型的な高山病の症状です。何回もナスカとの上り下りを繰り返し、ようやく高度に馴化したところで、いよいよ撮影開始。

一日の内に四季がある高地

私たち取材班を案内してくれたのは、上記のベテランレンジャー、JさんとSさん。数年前までは密猟が絶えなかったといい、密猟者との銃撃戦もあったそうです。彼らはペルー陸軍の特殊部隊の出身者で強靱な体力を誇り、薄い空気の中でもすたすたと歩くので、後に付いて歩くのはもう大変。 取材班は、レンジャーが駐留する小屋の一角を借りて約2ヶ月間寝泊まりしました。(写真・レンジャーたちとの食事)撮影に出発するのは、まだ夜が明けていない早朝4時半。3月の南半球は真夏で、しかも赤道に近いパンパ・ガレーラスは地理的には熱帯に入るのですが、標高4000mともなると明け方の気温は氷点下1〜2度にまで下がります。満点の星の下、念には念を入れて懐中電灯を消し、地面のほの白く光る霜を頼りに、ビクーニャの若オスたちのねぐらへと息をひそめて近づきます。 首尾良く近づくことが出来ると、夜が明けるまでじっと待機ですが、その間の寒いこと。ダウンのジャケットを着込んでいても、寒さがしんしんと身に染みてきます。その点ビクーニャは、さすが“神の毛”に包まれているだけあって、背中に霜が降りていても、まるでこたえる様子がありません。(写真・ビクーニャの群れに霜が降りる) ところが、太陽が昇ると状況は一変します。気温がどんどん上がり、昼前には20度前後にまでなります。何だ、20度なら涼しいじゃないかと思うでしょうが、場所は標高4000mの高山です。空気が薄いため、平地より日差しがはるかに強く、地表の温度は30度以上にも達することがあるのです。ちなみに現地では、この一日の温度差を利用してユニークな保存食づくりが行われています。アンデスは言わずと知れたジャガイモの原産地。ジャガイモを地面に並べて凍結と解凍を何日も繰り返すとブヨブヨになり、それを足で踏んで水分を抜き、乾燥させます。こうするとあくが抜け、また何年も保存がきくようになります。「チューニョ」と呼ばれるこの食べ物は、何度も私たちの食卓にのりました。(写真・夕食はもちろんジャガイモ)ところでジャガイモの原種とビクーニャの不思議な関係が、大山さんの調査で判明しました。番組のミニコーナーで紹介していますので、是非ご覧ください。 午後になると、今度は下界からもくもくと巨大な入道雲が湧いてきます。そしてすさまじい落雷。(写真・高原に雷)さえぎるもののない大平原の真ん中で、金属製の撮影機材をいっぱい抱えているのですから、危険この上もありません。遠くで雷の音が聞こえたら、近くに来ない内に、命からがら小屋に逃げ込みます。そのうち大粒の雹が降り、それが雨に変わってしばらく経つと、雨上がりの見事な虹、そして燃えるようなまっ赤な夕焼けが大空を染め上げると、一日が終わります。

日々是発見

今回の2ヶ月近い取材期間を通じ、高山の過酷な環境にもかかわらず、大山さんや現地の人たちの献身的な協力のお陰で、多くの貴重な映像をカメラに収めることができました。当初不可能だと言われた、出産や繁殖のシーンも奇跡的に撮影に成功しました。(写真・立ち上がったばかりのビクーニャの赤ちゃん)特に野生のビクーニャの出産の観察例は、大山さんによると海外の研究者による先行研究でも、ほんの数例あるに過ぎないとのことです。また、一匹のメスを巡って十数匹の若いオスたちが熾烈な闘いを繰り広げる場面に出くわしたときは、オスたちは興奮のあまり我々スタッフの存在も忘れ、わずか数メートルの距離まで近づいてきたため、迫真の映像を撮ることができました。そうした世界のほとんどの研究者も見たことがない場面を、視聴者の皆さんにお届けできるのは、大変幸せに思います。 さらに、撮影も終盤に差し掛かり、新しいことはもうほとんどないのではと思い始めた頃、一つのハプニングが起きました。生まれたばかりの新生児が親とはぐれて迷子になり、それが数日後奇跡のような感動的結末をむかえたのです。それがどういうものかは、番組を見てのお楽しみですが、そんなことが起きるとは、研究者もベテランレンジャーも予想だにしないことでした。 自然の世界、野生動物の世界というものは、毎日毎日見ていると単調な繰り返しのように思えてくることがあります。しかし決してそうではなく、同じことは二度と起こらない一回性のものであり、常に発見があるものだということを改めて感じた最後の数日でした。私たち撮影スタッフは、そうした発見を決して見逃すことなく、常に新鮮な目で対象を見つめ続けなければならないと肝に銘じながら、山を下りたのです。