シリーズ鹿児島の奇妙な魚(2) え!?水がキライな魚

第085回「シリーズ鹿児島の奇妙な魚(2) え!?水がキライな魚」

2008/1/13(日)午後7時30分~

鹿児島県の奇妙な魚を紹介するシリーズ、2回目は口永良部島(くちのえらぶじま)に住む「ヨダレカケ」。この魚の特徴は、魚のくせに水が大嫌い。ふだんは波打ち際の岩の上で暮らしています。胸の部分に、名前の由来ともなっている“ヨダレカケ”のような形の吸盤があり、これでしっかり岩に張り付いているのです。
水を嫌う様子は、およそ魚とは思えないほど徹底しています。波がくると岩の間をジャンプして逃げ回ります。どうしても逃げ切れないときは、波にさらわれて海に水没しないように、最も水の抵抗の少ない方向に体をむけ、ことさらしっかりと岩にしがみつきます。どうしても水中を移動しなければならないときは、水面上で小刻みな連続ジャンプをしながら移動、少しでも体が水に沈まないよう、涙ぐましい努力をするんです。
これほどまで水没を嫌うのは、皮膚呼吸の割合が高いから。少し濡れたくらいの皮膚から空気中の酸素を取り込むのが一番快適で、長時間水没すると窒息する危険すらあるのです。
この魚、なんと産卵まで水面上の岩の上で行います。ふだんは水没しない岩の隙間に産卵して、オスがつきっきりで守り続けます。
どうしてこんな生き方を選んだのでしょうか、魚らしくない魚の暮らしぶりを追いました。

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取材こぼれ話

鹿児島県口永良部島 編

ヨダレカケ:岩の上でのんびりしている魚かと思ったら意外と強敵

今回、ヨダレカケという世にも珍しい魚の撮影を行ったのは、FカメラマンとMディレクターの2人組。撮影場所は鹿児島県、屋久島の北西に浮かぶ口永良部島という小さな島でした。 我々は目指すヨダレカケが海岸の岩の上にのんびりしていると聞いて、島に到着するとすぐに岩場の波打ち際に見に行きました。ゴツゴツの岩の上で慎重に足場を探しながら進むと、僕たち2人が動くたびに2メートルほど先でバシャバシャと小さな生きものの動く姿、と言うか音が!ヨダレカケ? でもその動物の姿を見たいものの、足元も見ないと危ない。見たいのに見られない。あっ!と思って視線を送った時には動いた後の気配のみ。きっとヨダレカケが動いているに違いない。そう思いながら、なかなか実物を見られないもどかしさ。 私たちは悔しがりつつ、案外ヨダレカケの警戒心は強いことを知り、撮影するには結構手間がかかるなあと覚悟を決めました。 そこでまずは動きを観察。そのために我々はひとりが動かずジッとしていて、もうひとりが歩いてヨダレカケに動くきっかけを与えることにしました。動いていない時のヨダレカケは、見事に岩と同化していてどこにいるやらわからないからです。 我々の狙いは、まず動いたヨダレカケを発見!その姿を追跡!見事ヨダレカケの居場所を突き止める!なのです。 さて作戦決行。Fカメラマンは岩陰にしゃがんでジッとしていて、僕が波打ち際を歩いて通ります。すると例の「バシャバシャ」。でも今回は同時にFカメラマンの声も響きます。 「見えた!そっかー・・・あいつら岩からジャンプして、一度水面で飛んで、ちょっと先の岩まで行ってますよ。ほらあの割れてるでかい岩の左!あそこに張り付いてます。」 僕は歩くのをやめ、ジッと動かずに、眼球だけを動かすぐらいのつもりでFカメラマンの言う岩に視線を送ってみました。するとそこに、いました!10センチぐらいのハゼのような魚が。 初めて見たヨダレカケ。岩の上で、カエルのように出っ張った目で、ジッとこっちを見ています。確かに岩の上にいる魚なんですね。 こんな風に人間が動かずじっと観察することで、いくつかのヨダレカケの行動が見えてきました。岩から岩に直接ジャンプして移動するのが移動法の基本。その岩が離れていると、間にある水面で1,2度跳ねて岩に到達。水に入ることはほぼナシ。波が岩にかぶってもジャンプして逃げるほど水の中にいるのを嫌う。 しかし、こんな行動を撮影するには、こちらが動いていない状態じゃないとダメと言うことも同時にわかりました。カメラをセットしてその場でしばらくヨダレカケが慣れてくれるのをジッと待つしかない。Fカメラマンと僕は「まあ、とにかく、炎天下で辛いけどジッと待ちますか・・・」と明日以降の暑さを想像しつつ南の島の太陽を見上げていました。

波打ち際で日光浴しながら気楽な撮影・・・と思ったら潮の満ち干って意外と強敵

動物を追ってあちこち動き回る訳ではなく、海岸の波打ち際で丸一日ヨダレカケの撮影。 まあ暑いけど移動はないし気楽なもんだ。と思っていた僕の想像は約半日でもろくも崩れ去りました。 ヨダレカケは波打ち際で藻を食べて暮らしているのですが、その「波打ち際」というものが実に曲者だったのです。満潮の時の波打ち際と干潮の時の波打ち際では水平距離で50メートルも違う場所になります。潮の干満に会わせて「波打ち際」は、律儀に日に2回も行ったり来たり移動を繰り返しているのです。 その結果、具体的に我々の撮影はかなり都合の悪い事態に遭遇します。まず、アングルなどを考え、良い撮影ポジションを狙ってカメラをセット。ヨダレカケが慣れるのを待ちます。 するとその待っている数十分の間に波打ち際は動いてしまうのです。カメラの横で、しゃがんでジッと待っている僕のおしりは、満ちてくる潮とともにも水没。 でもここで動いてしまっては慣れ始めたヨダレカケをまた警戒させてしまいます。そうなっては元も子もありません。ヨダレカケの自然な行動を撮影するためにジッと我慢します。 ただ、おしりならまだしも次第に波しぶきがカメラなどの電子機器を襲うことが気になり始めます。でも今はヨダレカケがイイ動きをしているからもうちょっと撮りたい。だけどこのまま放っておくとカメラは海水をかぶって絶対壊れてしまう・・・。そんな苦悩の果て、もうこれ以上は粘れないというタイミングでFカメラマンと僕は意を決して機材を陸方向に運んで逃がします。 でもその人間の動きでヨダレカケたちはまた警戒してしまいます。(「ああこれでまた小一時間はヨダレカケを慣らさなきゃいけないのか・・・」と我々がため息をつくのは言うまでもありません。)潮の干満さえなければこんな苦労はないのに・・・と思いながら、一日のうちに何度も何度も機材を移動させていた私たちは、「潮の満ち干」という大きな自然現象をシッカリ体で感じることが出来ていました。 そんな波打ち際での撮影の一日、その終わりに、東の空に満月が登ってきた日がありました。 もう暗くなるのでこの日の撮影も終了です。その片付けの中、Fカメラマンと僕は「考えてみれば、あいつのせいですよね。」と満月を見つめていました。普段はまったく意識しない潮の満ち干や月の動きですが、この時の我々のように我が身にとても深く関係していると、月までが一気にリアルな存在になります。お月様でさえ身近か、と言うより、「にっくき潮の満ち干を作り出す巨大重力物体め!」と思えた、とっても興味深い夕方でした。

皆さんご存じですか?海岸の掃除屋、フナムシって意外と強敵

さて、潮の満ち干について、と、言ってもまたまたお月様に文句つけようと言う訳ではありません。海岸で役に立つ「潮の満ち干の見分け方」をお教えしましょう。まさに自然の大きな営みである潮の満ち干は、我々が気づかないほど徐々に変化するものですが、時間をかけて観察すれば、今、潮が満ちつつあるのか引きつつあるのかは誰でも判断できますよね。 つまり一時間前より波打ち際が沖に出たか陸側に来ているかで判断できます。その「満ちつつある?引きつつある?」を、時間をかけずに一瞬で見分ける技があるんです。 その技のカギになるのは「フナムシ」。海岸の掃除屋とも呼ばれる動物です。フナムシは海岸でランダムにウロウロしているように見えますが、実は潮が引くと沖に向かい、満ち潮では陸に向かうという移動をしています。(これはヨダレカケと似た行動パターンなんですが、ヨダレカケより2,3メートル陸側を常に移動しているのがフナムシの行動パターンです。) その結果、フナムシがどっちに向かって動いているかを見れば、今「満ちつつあるのか?引きつつあるのか?」が一瞬でわかるんです。実際に海岸で見ていると、最干潮の頃、フナムシはもう陸に戻り始めようとしています。次には満ち潮が来るのを知っていて、先取りして動き始めているんです。この時ばかりは、あの小さなフナムシが立派に見えて、海岸の先達に話しかけるように「フナムシ先輩、さすがっすね」と言いたくなります。 でも基本的にフナムシはイヤな存在です。我々が歩いていたり、動いている限りは、フナムシはサササッと逃げてクモの子を散らすように岩陰に隠れるんですが、僕たちのように撮影のためにジッとしている人間にはザワザワザワと忍び寄ってきて、気づくと自分の周りはフナムシだらけになっているんです。このフナムシ、ただ近寄ってくるだけならまだ文句も言いません。音もなく忍び寄ったかと思うと、足でも手でも、我々の露出した皮膚をかじり始めるんです。 これはどうやら僕の皮膚の死んだ角質層を食べているらしく、ある面「美容に良い」ことなのかもしれません。でもサワサワっと軽く触られている感じで、気持ちの良い物ではありません。ふと見ると自分のサンダル履きの足はフナムシだらけになっているんです。想像するだに恐ろしい光景じゃありませんか? さらにフナムシさんは何を思ったか、「死んだ角質層」だけでは飽きたらず、ガシッと僕の肉にまで噛みついてきます。こうなると「美容」どころではなく僕が完全に彼らの食べ物になっていることを自覚せざるを得ません。そしてこの噛みつきは流石に痛いんです。かかとで、右手の小指で、はては背中で、次々と「痛て!」「痛て!」「痛てっ!」と来ると、もはや許すまじ!です。にっくき敵としてフナムシを撲滅したくなります。 そこでサンダルを手にバシッと叩こうと振り上げた瞬間、何が起こったでしょう。そうです。動きと共にフナムシはサササッといなくなり、さらに一番大切な撮影対象のヨダレカケも「ピョン」と逃げてしまったのです。 「くそーっ、フナムシのせいで、またヨダレカケの慣れ待ちが伸びたじゃねーか・・・」 やり場のない怒りをかかえて、サンダルを握りしめた僕。 絶対フナムシは海岸撮影での強敵です。

感謝!感謝!広島大学の皆さんって素敵

今回の撮影で学術的アドバイスから岩場で機材等の荷運びまでをお手伝いいただいたのは広島大学の皆さんでした。 何で鹿児島県の口永良部島で広島大学なの?と思う方もいらっしゃるでしょうが、実は広島大学の具島研究室の研究者の皆さんはもう30年も前からこの島をフィールドにして長期の継続的な研究を続けています。ヨダレカケという世にも珍しい魚の行動が撮影できるのも、そんな地道な研究のおかげで、これまでに様々な知見が得られているからです。 特に今回はそのヨダレカケ研究の若き第一人者、広島大学総合博物館の清水則雄博士に現地でご指導いただきました。その際、本当は総合博物館が最も忙しい企画展の時期だったにもかかわらず、博物館長のご厚意で清水さんを現地に派遣していただけました。この場を借りてお礼を申し上げます。 その清水さん、さらに大学院博士課程の方々、修士課程の方々、は島では一軒の民家を借りて自炊生活しながら連日のハードな調査を行っています。民家と言っても、もうそろそろ床はヤバイかな・・・という、お世辞にも立派とは言えない家ですが、土間で食事当番の学生さんが夕飯を作っている奥で、難しい顔でコンピューターでデータ処理をしている人、その横では何か黙々と調査用具を作る人、さらに横には深夜の調査に向けて畳でゴロンと寝ている人、と若き研究者たちの熱意があふれる研究最前線の“民家”なのでした。 我々は、そんな若き研究者の貴重な時間を分けていただき、交代で撮影のお手伝いをお願いしたんですが、その手伝いが終わった後も、大学院生の皆さんは「今夜、自分の研究対象の魚が産卵するかもしれない!」と、急いで自分のフィールドに潜水して、ずーっと水中で観察を続けていました。一体彼らはいつ寝るんだろうと思うぐらいに熱心に観察する皆さん。本当に魚の研究が好きなんだなあと思わされる人々でした。 そんな広島大学の皆さんの研究成果は、今後、論文などで発表されて、皆さんの目に触れることもあるかと思います。「広島大学」「口永良部島」などの言葉が関わった「魚」の研究を報道等で見かけたら、それはものすごく長い時間、地道に観察を続けた若き研究者の手によるものだと思ってください。本当にすごい人たちが、南の島で暮らしながらスゴイ研究をしている。 いやあ、知りませんでした!