火山が巨大グマを育てる

第058回「火山が巨大グマを育てる」

2007/6/17(日)午後7時30分~

ロシアの東端カムチャツカ半島は、高密度で火山が集中している火山の王国。火山の周辺の森は、数多くのヒグマが集まるヒグマの王国でもあります。極北の地でありながらも、高い地熱のため、冬ごもり期間を早めに切り上げて、春の若芽をたんのうできるからです。川には、太平洋にいるサケの四分の一に当たる大群が押し寄せ、5月から12月まで獲物に事欠きません。
最近の調査では、火山の噴火時に噴出物に含まれていたリンなどの栄養塩が、周辺の湖沼地帯にすむプランクトンを繁殖させ、結果としてサケの稚魚を成長させることが分かってきました。火山は、災害ばかりではなく、意外にも、大量のサケを回帰させる原動力となっていたのです。
この豊かな環境のため、カムチャツカのヒグマは、大きいものでは、体長3m、体重500キロにもなり、北海道の知床にすむヒグマの2倍の巨体を持つようになったと考えられています。アラスカのコディアックのヒグマと並んで世界最大級の体格を誇ります。春の目覚めから冬ごもりまで、火山の恩恵を受けて暮らすヒグマの豊かなくらしを描きました。

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取材こぼれ話

ロシア カムチャッカ半島・ゲーゼル谷 編

人はクマが怖い!でもクマも人が怖い!

カムチャツカのヒグマを取材し始めて最も驚いたことがあります。 それは体長3メートルにも迫る巨大なヒグマも人と会うのが恐ろしいということです。日本でもそうですが、人がクマに襲われる瞬間でもっとも多いのが、出会い頭の事故です。 たとえば、春先、山菜取りなどをしている場面を連想していただきたい。 山菜取りに夢中になって体を屈め、下を見続けて歩いていると、突然、目の前の藪の中から大きなクマが顔を出します。 クマも芽生えたばかりの美味しい草の新芽を求めて前かがみで歩き回っています。 その両者が鉢合わせになった場合、人間は驚くことは勿論ですが、クマもまた藪から出た途端に、見たことも無い人間という動物に出会ったら、それは驚くに違いありません。 クマも驚いて、必死に抵抗をしながら、相手に襲われないように行動をとるというのです。 勿論、クマが人間に出会い頭に襲われるなどということはあり得ないでしょう。 しかし、クマも人が恐ろしいのです。そのために、森の中を歩くときには、わざわざ大きな声で話しながら、クマに自分の居場所を知らせながら歩く、と案内をしてくれたロシア人は言っていました。 山菜取りの時には特に、クマに出会わないよう注意しなければなりません。

「ミーシャ」

ロシア人はヒグマに愛称をつけています。「ミーシャ」。 とても可愛らしい響きがある呼び名です。 ロシアの大地は広大です。そしてどこまで行っても、広大な森やツンドラの平原が続いていて人影はありません。隣に住んでいる人がいるといっても、何キロも何十キロも離れた隣人の場合も多いのです。 そこで、ロシア人は、遠くにヒグマの姿を見つけたら、久しぶりに出会った友人のような気持ちで親しみを込めて、「ミーシャ、おまえはそこにいたのかい?美味しいものは見つけられたかい?」などと話しかけます。実際にそんな場面をよく目撃しました。ロシア人にとって、寂しさを紛らわす隣人は、ゆったりとした動きで、時折、林の中や庭先にやってくるミーシャ、つまりヒグマなのかもしれません。ロシアでは、子供のおもちゃとしての縫いぐるみのモチーフに、断然ヒグマが多いのも頷けます。 古い話だが、モスクワオリンピックのマスコットもヒグマミーシャでした。

ヒグマに取り囲まれた谷

ゲーゼル谷は、カムチャツカの間欠泉の活発な様子を一番顕著に体感できる場所でしょう。 谷にはベリカン(ロシア語で巨人という意味らしい)と呼ばれる巨大な間欠泉が一日に幾度と無く大爆発を起こします。ひとたび爆発が起きると、数十メートルも水蒸気があがり、それはすさまじいものです。 そのすぐそばにヒグマがヨモギの葉を食べている場所があると聞きました。火山地帯の間欠泉のそばは、地熱が高く、他の場所よりも早く雪がとけるため、草が芽生えやすく、ヒグマの食べ物がどこよりも早く手に入ります。ヨモギが密生している斜面は、雪解け直後のぬかるんだ場所だったが、あちこちにヒグマの足跡が残されています。 その場所で待つこと1時間。信じられないほどの数のヒグマたちが、次々にやってきました。 皆下を向いて、ヨモギの葉を食べまくっています。数えられるだけでも10頭はいます。人の姿など、目に入っていません。前述した山菜取りの人との出会い頭の事故を思い出し、出来る限り離れてヒグマを観察することにしました。 しかし、後ろにもヒグマが来ています。なんと取材班はヒグマに取り囲まれてしまったのです。 そのとき、「ホーホー」大きな声でやってくるサンタクロースのような顔立ちをした男がいます。ガイド役で付いてくれたワリエラさんでした。 その声に反応して、ヒグマたちはゆっくりとその場を移動していきます。声には聞き覚えがあるのでしょう。ちらっとワリエラさんを見た後、ヒグマたちは普段と変わることなく、少し遠くに離れて草を食べながら移動していきました。 「大丈夫。ヒグマは人に危害を加えないよ。あなたたちが彼らに何かをしない限りね」氏は早口でそう言いました。

温泉に入るクマ 一枚の写真

クマがよく入るという温泉がありました。 温泉といっても、小さな池のような水溜りで、確かに底からこんこんと温泉が湧いていました。 足を入れてみましたが、ちょうど良い40度くらいのお湯加減。 「このお湯によくヒグマが入りに来るよ」ワリエラ氏が嬉しそうに言いました。 その様子をなんとかカメラに収められないものか・・・・。ヒグマの温泉浴のスチル写真を見せてもらいました。 なんとも素晴しい写真でした。モノクロームの写真・・・。ヒグマが気持ちよさそうな表情でした。 温泉池から百メートルほど離れた草むらに隠れてその様子を撮影しようと試みました。何日待ってもクマは現れません。 ワリエラ氏が言うには、寒い早朝によく出現するといいます。 カメラマンも私も我慢も限界に達していたある朝。取材班は寝坊をしてしまいました。 現場に行ってみると、なんと温泉池の周囲におびただしいほどのクマの足跡が残されていました。 しまった!クマは今朝現れたんだ! 自然番組を制作していると、いつも出会うことに「チャンスは一度しかない」という悪いジンクスがありました。今回もそのとおりになってしまったでのです。その写真を見るたびに、悔しさがこみ上げてきて、自然番組の取材に妥協は許されないこと、あの日寝坊をしてしまった失敗を、あらためて思い出させてくれるのです。