豪快!ムツゴロウ空中戦

第028回「豪快!ムツゴロウ空中戦」

2006/10/29(日)午後7時30分~

九州の有明海には、山手線3つ分がすっぽり入る日本最大の干潟があります。しかも、干潟はすべて泥。場所によっては、深さ20メートルにもなります。ここにほかでは見ることができない珍しい魚が住んでいます。
ここにくらすムツゴロウは、体長20センチほどのハゼの仲間。魚でありながら、海で泳ぐことはほとんどせず、陸の上をはって過ごすという変わった習性を持っています。それだけでなく、陸上で垂直に大ジャンプをするという離れ業までやってのけるのです。こんな魚離れした能力をもたらすのが、まるで陸上にすむ動物の脚のように自由自在に動く胸ビレ。今回、最新機材を駆使してそのヒレの秘密を探ったところ、なんと人間と同じような骨や関節の構造を持っていることが分かりました。
また、これまで、泥の中でムツゴロウが子育てをするようすは謎に包まれていましたが、今回、番組では、その産卵から子育てまでの撮影に成功しました。なんとムツゴロウは泥の中に作った産卵用の巣穴に、自分で口に含んだ空気を送り込み、卵に酸素を与えていたのです。卵の面倒を見るのはすべてオス。卵が孵(ふ)化するまで食べ物もとらずに休みなく巣穴へ新鮮な空気を運び続けます。さらに、今回、ムツゴロウの空中での争いを高速度撮影することにも成功。オス同士はジャンプをしながら目にも止まらぬ速さで互いののどにかみ付き合う、まるで猛獣のような激しい争いを繰り広げていることがわかりました。魚の常識を越えた魚ムツゴロウを描きました。

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取材こぼれ話

九州・有明海 編

プロローグ

地平線まで、見渡す限り広がる泥の世界。ここは九州・有明海の干潟。 「喉・・・乾いたなぁ・・」 いったい何時間こうしているだろう。腰まで泥に埋まった状態で身をじっと息を潜め、目の前に見えるのは灰色の泥と空だけ。来る日も来る日も、毎日こんなことを繰り返している。少し前までじんじんと痺れていた足先の感覚も、すでになくなってしまった。照り返す強い日差しに目がかすみ、意識もかなりもうろうとしてきた。 その時、隣で同じように身を屈めていたカメラマンの手が、スッと動いた。あわてて、手元のコンピューター画面に目を落とす。画面にムツゴロウが入ってきた!待ちに待った瞬間だ。一瞬にして全身が粟立つのを感じる。狙いは見事に的中したのだ。『キタ〜!!!』あわただしくコントローラーを操作し、毎秒1000コマのシャッタースピードを持つ超高速度カメラを起動させる。 ・・・そしてついに目の前でムツゴロウ同士の激しい空中戦が始まった!

人気者ムツゴロウ

ムツゴロウは九州の人間にとっては有明海=ムツゴロウともいえるほどなじみの深い生き物です。たらこ唇にぴょっこりと出た丸い目玉は愛嬌たっぷりで、子供から大人まで大人気。佐賀では公共の建物(※写真)からマンホールや橋の欄干にまでそこかしこにムツゴロウがデザインされている程です。しかも、そんなラブリーな見た目でありながら、実は意外にどうもうであり、そもそも魚なのにほとんど陸で暮らしているという不思議な生き物でもあります。九州出身の私としては、いつかムツゴロウを主人公に番組を作ってみたいと思い続けてきました。

謎だらけの魚

ところがムツゴロウで番組を作ろうと決めたものの、いざ取材を始めると思わぬ難題であることが分かってきました。 私自身は「あれだけ有名な魚なのだから、研究もしつくされているだろう」と思っていたのですが、実はムツゴロウの生態についてはまだ分からないことだらけだったのです。特にオスとメスの繁殖行動の詳細、巣穴の中の生態などについては謎だらけ。撮影の狙い所もまったく見当がつかず、ロケを始める前からいきなり頭を抱える羽目になってしました。

底なし泥沼での格闘

なぜ有名な魚でありながら生態がよく分かっていないのか?それはひとえにムツゴロウが住む有明海が非常に特殊な海であることが理由です。番組でも紹介していますが、日本一の面積を持つ有明海の干潟はまるで底なし沼のような泥の世界でもあります。(※写真) うかつに足を踏み入れると、いきなりズブズブと体が沈み、足を抜こうともがけばもがくほどよけいに沈んで身動きがとれなくなるという、非常に恐ろしい(?)場所なんです。確かにこんな泥の中に住む生き物の生態を詳しく研究するのは相当に困難です。研究があまり進んでいないのも無理はありません。 実際、私たちが撮影を始めるにあたっても苦労の連続でした。高価なハイビジョンカメラを始め、撮影機材は基本的に泥や水に濡れると即アウトです。ビニール袋で幾重にもくるみ、テープでグルグル巻きにしなければなりません。その状態で機材を肩の上に乗せ、そろそろと干潟に入るわけですが、ただでさえ歩きにくい上に機材が気になってほとんどまともに歩けません。数m進むのにも大変な時間と労力が必要でした。おまけにムツゴロウの繁殖期はちょうど梅雨。突然の土砂降りが毎日のようにあり、そのたびに防水シートをかぶせて泥の中から避難しなければなりませんでした。 しかし、そんな苦労をしてさえも、最初はなかなか撮影が進みませんでした。実は、もう一つムツゴロウ撮影には非常に重大な課題があったんです。

対決!ムツゴロウ(VS撮影スタッフ)

このムツゴロウ、皆に親しまれているだけあって遠くから姿を見るだけなら簡単です。これまで自然番組で取り上げてきたようなジャングルの奥地とか深海に住む幻の魚と違って、珍しいとはいえまったく普通に見ることができます。ちなみに佐賀では居酒屋のメニューにあるほどです(※写真)。 しかしその姿をよく観察するとなると、実はとんでもなく困難なんです。それは見かけによらずムツゴロウが非常に繊細で用心深いためです。ぴょっこり飛び出した目は非常に視力がよく、ほぼ360度を見渡すことができます。私たちが近づこうとすると、20m以上離れた場所にいても一瞬で泥の中の巣穴に潜ってしまいます。小さい頃読んだ漫画「釣りキチ三平」にもムツゴロウ釣り(「むつかけ」という漁法)に挑戦する話がありましたが、釣りの天才三平もムツゴロウのあまりの用心深さにまったく釣れなかった程でした。 地元でムツゴロウの写真を撮り続けているアマチュアカメラマンに撮影のノウハウを尋ねてみましたが、「とにかく、大砲みたいなでかい望遠レンズを使うしかないねぇ」とのことでした。しかし望遠撮影では、闘うムツゴロウの凄まじい迫力を伝えるのは無理です。 やはり、ここはひたすら地道に相手が近くに来てくれるのを待つしかありません。というわけで冒頭のように、ひたすら泥の中で決定的瞬間を待ち続けることになったのです。悪戦苦闘、試行錯誤の末につかんだ撮影のコツは、「気配を消し、周囲の泥の一部になりきる」こと。とにかく撮影相手が泥から出てきて近くに来るまで身じろぎ一つ、できれば息さえもあまりしないでいることです。当然しゃべるのも御法度。傍らのカメラマンとも(「・・・バッテリーが切れそう・・」)(「・・了解!準備します・・」)といったやりとりをほぼアイコンタクトのみで行います。自然番組に毎度つきものの苦労とはいえ、日陰のまったくないぬかるんだ干潟の上で、いつ来るか分からない瞬間を待ち続けるのはやはりハードでした。 でも、何日も撮影を続けていると、だんだんムツゴロウごとに個性があり、それほど警戒心が強くないヤツもいることが分かってきました。そんな相手を選び、撮影ポイントを絞ります。巣穴の出口の角度や太陽の位置(レンズの陰が出ないように)を計算し、あとはひたすら忍の一文字。最終的にはついにレンズのわずか数センチ前で自然に振る舞うムツゴロウを撮影するのに成功したんです!

ムツゴロウに迫る秘密兵器

今回、ムツゴロウの知られざる姿に迫るため、様々な特殊撮影機材を準備しました。その一つが「医療用内視鏡レンズ」。外科手術などに使われる細長〜い特殊レンズを使って、泥の奥の巣穴を覗こうという訳です。ムツゴロウにとってはちょっと迷惑な話かもしれませんが、なるべく相手を驚かさないよう撮影するにはこうした機材が不可欠です。しかし、実はそのウラにも我々スタッフの汗と涙があります。巣穴は底なし沼のような泥のさらに奥。干潟を堀り、レンズを差し込んでいかなければいけませんが、掘った泥はすくう端から崩れていきます。さらに泥はたっぷり水を含んでいるため、泥水もどんどんしみ出してきます。撮影中は全力で泥をすくい続けなければ、カメラごと埋もれてしまいかねません。すくってもすくってもすぐに崩れてくる泥。泥との戦いはさながら賽の河原の石積みのごとく、まったくきりがありません。わずか10分ほどの撮影でひしゃくを持った私の腕が限界になってしまいました。 もう一つ今回の映像の目玉が、冒頭でも紹介している「超高速度撮影カメラ」です。この最新ハイテクカメラが大変な威力を発揮しました。以前からムツゴロウのオスが干潟の上で闘っているのは知っていましたが、あまりの動きの速さに肉眼では2匹が素早く跳ねているだけにしか見えず、いったいどうやって戦っているのかは全然分かりませんでした。 この人間の認識力を超えた高速戦闘を撮影するために、大がかりな機材を干潟に持ち込んだわけですが、これまた例によって泥に泣かされました。このカメラはまだ試作段階でしかなく、カメラ本体以外にコンピューターの制御装置、コントロール用のパソコン、コード類、さらに致命的なことに外部からの電源ケーブルが必要でした。本来は室内で使う実験装置なのです。電源は陸から延々数百mケーブルを敷くとしても、貴重なカメラと制御装置に泥をつける訳には絶対いきません。そこで試したのがなんと巨大なタライ。干潟の上にタライを持ち込み、その上で撮影したんです。(※写真) ただし欠点もあって、一度場所を決めると足場は簡単には動かせませんし、カメラ自体もまったく動かすことが出来ません。迫力ある映像を撮れるよう、なるべく低い場所にカメラを置く必要があったため、目の前でうまく戦ってくれるかどうかはほとんんど賭のようなものでした。でもこうした苦労の甲斐あって、見たこともない迫力ある映像がものにできたと思います。 最新機器によって初めて捉えられた1000分の1秒の世界。番組でご覧いただいたように、まさに驚異の戦いぶりでした。お互いに相手の弱点を狙ってグルグルと空中を回転する、戦闘機のドッグファイトそっくりの戦い方をしていたんです。番組で紹介しきれなかった部分も含め、全部が度肝を抜かれる程の名勝負でした。中には相手の高速タックルを直前で見切って身をかわし、逆に相手の突進の勢いを利用してカウンター攻撃をかけるムツゴロウもいて、格闘技好きの番組スタッフの間で「ムツゴロウ最強!」「大晦日にコレ放送したい!」と大いに盛り上がりました。

追伸

有明海の周りの土地は大昔から干拓されてきたため、海の周囲はぐるりとビルのような高い堤防で囲まれています。そのため撮影に向いた場所を探すためにはあちこち移動し、わざわざ堤防の上に登って撮影ポイントを探さなければなりません。細いあぜ道を海へ向かうと先が行き止まり、方向転換もできず、ということがしばしばありました。道に迷ったり、ぬかるみにはまってしまったこともしょっちゅうです。しかしそんなとき、いつも地元の方々が親切に助けて下さいました。農作業の忙しい中、ご親切にして頂いた皆様、本当にありがとうございました。