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証言

タイトル 「求められるのは倫理や対話 ―地球温暖化を止めるには」 番組名など 戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 2015年度「未来への選択」
第3回 公害先進国から環境保護へ
氏名 江守 正多さん 収録年月日 2015年6月18日

チャプター

[1] IPCCとの関わり  02:07
[2] 排出量ゼロの社会を作らなくては ― 報告書のメッセージ  08:44
[3] 問われているのは倫理かも知れない  06:27
[4] 「公害解決」と同じ発想では足りない  07:13
[5] 質のよい対話が必要  04:17
[6] 講演会がきっかけになれば  07:13

再生テキスト

僕は執筆者になったのはこの第5次が初めてですので2009年とか10年ぐらいからですね。それでその前から第4次、2007年に発表された第4次の報告書に向けて日本のグループが、気候のシミュレーションを行った。そのグループの中で、割とそのシミュレーションをやる舞台の中心にいましたので、その内容に貢献したということと、それからタスクグループっていうのがありまして、IPCCに関係する研究のデータとシナリオについて、世界中の研究コミュニティが研究しやすいようにデータベースなんかを通じて支援をするグループというのが世界中からメンバーを集めて作られていて、それになぜかちょっと入っておりまして、それでIPCCの関連のシナリオの議論とかそういうのにはもう少し前から。2005年ぐらいからですかね2004年ぐらいからですかね、関わっていましたね。

「日本人は何をめざしてきたのか

2015年度「未来への選択」

第3回 公害先進国から環境保護へ」 より

地球温暖化を防ぐため、世界中の科学者が参加する研究機構がつくられた。IPCC、「国連の気候変動に関する政府間パネル」。

IPCCは、二酸化炭素など温室効果ガスで、今世紀末までに世界の平均気温がおよそ4度上がってしまうと予測。温室効果ガス削減で、この気温上昇を2度程度に抑えないと地球全体に深刻な影響が出ると、警告している。

*****

Q:先生が本格的に関わられた第5次で地球温暖化に関してはどのような結論というか、その時点での評価、そのあたりを・・

大筋は前から言われていることとあまり変わらないというのが、逆に言うとそれが再確認されたようなところっていうのはあって、それは例えば第1作業部会、科学の部分に関して言うと、20世紀後半以降の世界平均気温の上昇の主な原因が人間活動であるという可能性が極めて高いとかですね、あるいはそもそも地球の温度が上がっていることは疑う余地が無いとか、そういうことがあるわけですけれど、あるいは今世紀末までに世界の平均気温が対策をとらないと4度ぐらい上がってしまうと。海面も数十センチ上昇すると、こういうことは前から言われていることとあまり変わらないですね。今回特に強調されたことっていうのは、二酸化炭素の累積排出量という考え方で、世界平均の気温上昇が累積排出量というものにほぼ比例すると。累積排出量というのは我々が過去から現在まで、あるいは将来までにわたってある時点までにわたって出した二酸化炭素の総量なわけですね。過去からずっと全部積算していったものですね。それで気温の上昇っていうのはだいたい決まってしまうんだと。いうことは今国際社会が掲げているように、世界平均気温を工業化前を基準として2度以内に抑えたいという目標を決めると、人類が過去から将来にわたって排出できるCO2の総量というのが上限が決まってしまうということになるんですよね。つまり我々は出せる上限までの間でやりくりして、将来までにわたってCO2を出す総量がそれを越えないように文明をマネージしていかなくちゃいけないというそういう問題設定が与えられたと。このこと自体も以前からなんとなくは言われていたんですけれども、そういう研究が増えて、非常にはっきりとそのことは言われるようになったということですね。それが大きいと思います。

その量自体は、これは2度どれぐらい確実に超えないようにしたいかとか、これは科学的な不確かさがあるので、それをどう捉えるかによって数字は変わってきますけれど、あるとらえ方をすればその上限にいたるまでに、達してしまうまでに、今のような排出量を続けていると、もうあと30年ぐらいであると。30年もすると、あるいはもっと、排出量が増え続けていればもっと前にその2度に達するのに相当する排出量の累積を我々は超えてしまうということですね。ということはそんなにすぐに上限が来るということは、しかも上限があるということはいつかは我々は排出量を0にしなくちゃいけないっていうことなんですよね。累積を一定値までに抑えなくちゃいけないということは、最終的にはいくら時間がたっても累積が増えないという状態にならなくちゃいけない、つまり排出量が0にならなくちゃいけない。つまりいつか我々はCO2の排出量0の社会を作らなくちゃいけない。それがいつかというそういう問題でありまして、2度ということを考えると、かなり急いで世界の排出量というのをこれから減らしていって、今世紀末には排出量が0になってないといけないと、そういうメッセージがかなりはっきりと今回は言われたと思います。

Q:今の地球環境をギリギリ保つラインていうこと、この2度という数字は、そういうふうに思えばよろしいんですか?

これはすごく難しいと思います。2度っていうのを僕自身は科学的に正当化するのは難しいんじゃないかと思っています。つまり、2度を超えると大変なことが起こると。1.9度よりも下だったら大丈夫と。そんなふうには言えないわけですね。これは様々な影響が温度が上がるほどじわじわと悪くなっていく、あるいは様々な気象災害ですね、あるいはその様々な災害みたいなものっていうのが起こる可能性が上がっていくと。あるいは頻度が増えていく。それはあるしきい値があって、そこで急に変わるものでは恐らくない。それから大規模な事象として、例えばグリーンランドの氷が溶けるのが止まらなくなるとかですね、あるいはアマゾンの熱帯雨林が枯れ始めるとかですね、そういうことがある温度を超えるとこれは何かしきい値があって、ある温度を超えるとそういうことが起こると。非常に大規模に起こると。そういう何かスイッチが入るような温度の値があるんじゃないかと。これを考えるとある温度を超えてはいけないということが設定し得るんですけれども、現在それについての科学的な分かっていることが非常に少ないので、何度を超えるとそういうことが起こるのかって分からない。なのでこれも非常に幅がある話なので、そこも確率的に考えざるを得ないわけですね。そうするとなぜ2度を超えちゃいけないかっていうのは非常に簡単ではない問題ですね。僕の勝手な想像では低ければ低いほどいいに決まっていると。低ければ低いほどいいに決まっているけれども、現状からものすごく頑張ってなんとか達成できそうなのが2度、なので2度になっていると。いうふうな見方もできるかなと思いますね。ただもちろんある温度を超えると起こってしまう大規模なことっていうのが起こる可能性が、温度があがるに従って高くなってくるわけですね。これがひとたび起こってしまったら、それが世界全体にとってどんなダメージなのかというのもあまりよく分かっていない。我々は何をどれぐらい心配したらいいのかということがあまりよく分からないままに、この問題について判断しなくちゃいけないと、そういうことが起きているんだと思いますね。

これは様々な認識のしかたがあると思うんですけれど、恐ろしさを強調しようと思ったときによく言われるのは例えば様々な自然災害とか、あるいは海面上昇とかそういうことによって住むことのできない地域が増えてきて、難民が増えたり非常に国際社会が秩序が不安定になって、テロが増えたり内戦が起こったりとかですね、そういういわゆるセキュリティですね。地政学的な意味でのセキュリティの問題に気候とか環境がきっかけになって発展していく、あるいはそういう問題を起こす要因の1つとしてだんだん気候の問題が大きくなっていくというような言い方をされますよね。それからある温度を超えると起こる大規模な地球の異変みたいなものっていうのがいくつか心配されているわけですけれども、これが起こったらどうなるのかっていうことですね。例えばグリーンランドの氷がこれは今少しずつ溶けているわけですけれど、ある温度を超えると、これがもし温度上昇が止まったとしても氷は溶け続けてしまうと。そういう状態に入るある温度を超えるとそうなってしまうという、しきい値が、スイッチが入る温度みたいなのがあると考えられています。それが起こるとグリーンランドの氷がどんどん溶けて、最後は全部溶けるまで溶けるわけですね。全部溶けると海面は7メートル上がるので、そのスイッチが入ることというのは相当なことなんですけれど、その7メートル上がる、つまり氷が全部溶けるには 少なくとも1000年ですね。1000年以上かかるだろうということが言われていますので、つまり、そのスイッチが入ったとしても、溶け続けるという、最後まで溶けるということが始まるだけであると。だとすると我々が生きている間はたかだか数十センチの話であると。そうすると我々にとっては、その恐ろしさもほどほどかもしれないわけですよね。しかし我々が引いてしまった、我々の世代、我々が生きているうちに引いてしまった引き金によって、これから海面が1メートル、2メートルと上がっていって、子の代、孫の代、もっと先の代の人類は非常に大規模に移住をしなくちゃいけなくなったりですね、南太平洋の島が沈んでしまったりとか、そういうことが起こるかもしれないということですよね。これが恐ろしいのかどうなのかと、これは認識の問題になっていくと思いますよね。もちろんそこまでいかなくても現状でも様々な悪影響で深刻なものというのは途上国、貧しい人たち、あるいは何て言うんですか、伝統的な生き方をしている人たち、例えば北極圏のイヌイットの人たちとか、そういう人たちは北極圏は非常に海面も上昇して氷が減って、海岸が浸食されて、凍土が溶けて、非常に今までの文化というのが彼らは脅かされているというか、すでに始まっているわけですよね。あるいはアフリカの貧困な国で自給自足の農業をしている人たちが、かんばつが来ると非常に食糧不足になると。そのかんばつの来る頻度が今すでに気候変動によって増えているとするならば、彼らは非常に生きるか死ぬかという影響をすでに受けていると言えるかもしれないというわけですね。我々先進国に住んでいる人間がそういうことを知って恐ろしいと思うのかどうかですね。これは認識の問題になってくるんだと思います。

だから倫理ということがこの問題においてはこれまで日本なら日本の中で、コミュニティの中で生きる上で必要だった倫理みたいなものっていうのをどれぐらい拡張して考えることができるのか、考えることが妥当だと思えるのかっていうことが多分今問われていて、それは多分ものすごく我々にとって新しくて難しい問題なのかもしれないんですよね。将来世代の人のことが本当に心配できるのか、途上国の人のことを本当に心配できるのか、それを責務であると、倫理であると、公平でなければならないと、そういうターム(言葉)で本当に我々はその腑に落ちて我々の社会を大きく変えるようなことに踏み出せることができるのかということですよね。それが本当にシビアに問われているんだろうと思います。

僕自身の意識としては公害の解決のしかたと、地球温暖化問題への対処のしかたというのは相当違うと思うんですよね。ただ相当違うと思っていない人も世の中にいるんじゃないかと思います。つまり公害を解決したのと同じような意識で地球温暖化問題を解決しようという発想に立つと、これはそこから先も考え方は分かれるかもしれないですけれど、1つの考え方は規制をするということですよね。規制をすることによって代替技術の開発を促して、その技術の開発の普及によって問題を解決していくということですね。これが公害の場合にはそういう発想で問題解決したのかもしれないんですけれど、温暖化問題の場合にもそれがある程度は有効だと思うんですけれども、僕は本当にそういう考え方だけでこの問題をとらえていいのかというのがちょっと疑問に思っているんですね。基本的に技術で解決するものだと思うとですね、例えば火力発電所の効率をよくしたり、あるいは再生可能エネルギーをたくさん入れるとか、あとは原子力ですね。原子力も安全だったら再稼働すればいいじゃないかという発想に多分なっていくと思うんですけれど、それはそれで1つの考え方だし、ある程度有効だと思うんですけれど。今もしも公害問題と違うというところがあるんだとすればですね、社会の仕組み、例えばエネルギーが今度電力の自由化が小売の自由化が始まりますけれども(2016年4月以降、消費者が電力会社や料金メニューを選択できるようになった)、中央集中的だった発電をもっと地方分散的にしていくことができるのかとかですね、エネルギーの民主化と言われているようなことですけれど、それは恐らく相当大きなパラダイムの転換で、そんなことまで考えるのかどうかっていうことですよね。それで世界から日本に何が求められているかっていうと、これもそのとらえ方がいろいろあると思うんですけれど、世界から日本に求められているものは技術であると。日本で技術で貢献していけばいいんだという考え方が1つありますね。それは僕は一理あると思います。そういう側面というのは非常にあると思います。だけどやっぱりそれだけでいいのかと。もし世界が例えばヨーロッパはかなり考え方としては進んでいますけれど、アメリカは政権がどうなるかによってもいろいろ変わるので分かりませんけれども。少なくともアメリカの民主党の人たちとかは、CO2を出さないような世界に向けて化石燃料はなるべく使わないような世の中にこれから変わっていかなくちゃいけないと思っているわけですね。本当に他の国でそういうことが進んでいった時に、日本は例えば高効率の発電技術で貢献していれば日本の国内の仕組みは変えなくてもいいというふうに言っていられるのかどうかですね。それはもう1回よく考えなくちゃいけないような気がしています。

1つ意識としてあるのは、やはり我々は環境問題というものを、これはなるべく日常的な分かりやすいものとして考えてもらわなくちゃいけないという流れがしばらくずっとあったものですから、身近な省エネであるとか、ちょっとこまめに電気を消しましょうとか、なるべく車に乗らないようにしましょうとか、エコドライブをしましょうとか、クールビズを着ましょうとか、そういうものとしてとらえている人が非常に多いんですね。「もっとそんなんじゃ足りないですよ」というふうに言われたら、「じゃあ我々は何を我慢したらいいんですか」と、「どんな不便な生活を甘受すればもっと環境によくなりますか」、そういうふうな発想になってしまう、そういう問題設定が社会の中でできてしまっていると思うんですよね。そうじゃないんですよと、これはもちろん大きな問題なので、まず大きな問題で我々は最終的にはCO2は0になる社会を作らなくちゃいけないんですというそのスケールの大きさを知っていただいて、そうするとこまめに節電しているだけではダメですねという話になって、じゃあどうするか。これは我慢ではない。もちろん無駄なエネルギーを使っていたところであれば、その無駄なのは使わないようにしていただくということは、これは非常に大事ですけれども、そうではなくて1つ大きいのはエネルギーの作り方を変えていくことなわけですよね。あるいはそれ以外にも様々な経済的な仕組みを含めて、その社会がCO2を出さないような仕組みに変わっていく、1人1人の我慢ではなくて。 そういう仕組みが変わっていくことをあなたは応援できますかと、どうやって応援したらいいかということはこれはまたなかなか難しいんですけれども、そういう問題としてとらえてもらうっていうのが僕は多くの一般の人にこの問題を語りかけたい、語りかける際に伝えたいと思っていることですよね。

僕はこの問題は、やっぱり技術が大事だという人はいつまでもそう思っているし。で、そんな今のですね社会の仕組みとか産業のあり方とか、その消費のあり方とか、そういうものをそんなに大きく変えるなんていうことは想像はできないと。そんなことやってうまく行くわけはないと思っている人はある程度の割合いて、そう思い続けるでしょうし。そんなことはなくて、みんながそう思えば変わるんだと。それはいい方向なんだと。そうすることによって長期的に我々は持続する新しい社会を作っていけるんだと。そうしなくちゃいけないんだというふうに思う人もある程度の割合いて、きっとその人たちはそう思い続けるんだと思うんですよね。今まではその間でロクな対話がなかったんじゃないかなと思うんですよね。話し合うこともなければ、お互いが相手がなぜそういうふうに思ってるのかよく聞いてみることもなければですね、例えば国の審議会でこちらの立場の専門家とあちらの立場の専門家が呼ばれて話をしますけれども、自分の主張をそれぞれ順番に言うだけで、こちらの専門家はこちらの役所に向かって言ってるし、あちらの専門家はあちらの役所に向かって言ってるし、役所と役所の間でまた立場が違うし、ということがずっと続いて来たような気がするんですよね。恐らくやはりその間で、より質のいい対話をして行くことっていうのが、社会の決定がどう転ぶにしても、より少しでも多くの人が、少しでもよりよく満足する決定になることにとって必要だと。そういう考え方をしていかなくちゃいけないんじゃないかなっていうのが最近の僕の思いですね。英語で「agree to disagree」って言いますけど。「あなたの言ってることは分かった」と。「私は同じ意見にはなれないけれども、あなたはなぜそういう意見なのか分かった」と。そういう状態になる。少なくともそういう状態になった上でものを決めると、どっちに転んだとしてもですね、より納得のいった形になるんだと思うんですよね。我々は本当に温暖化を理想的な形で解決できるような意思決定が、この社会ができるかどうか分りませんけれども。積極的にしろ消極的にしろ、何かを選択して何かを決断して先に進んで行くことになるわけで。この温暖化、気候変動の問題に関して、それがより多くの人にとって納得が行くような意思決定になるっていうことが、僕にとって今すごく大事だと思うことです。

Q:そのために対話がやっぱり。

そうですね。

Q:重要だということですね。

そういう対話の場をもっと設定するっていうことを、ちょっと僕もこれから考えて行きたいと思ってるとこです。

「日本人は何をめざしてきたのか

2015年度「未来への選択」

第3回 公害先進国から環境保護へ」 より

IPCC報告書の執筆者の一人、江守正多さん。 江守さんは、最新の報告書に基づき、日本各地で講演を重ねている。

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Q:講演会というか勉強会というのは。呼ばれることは多いんでしょうか?

そうですね、去年で言うと50回ぐらい週に1回ぐらいですかね。

Q:規模はどんな。

もう本当に少ないと20人ぐらいの時から、200人とかそれぐらいの時もありますけれどね。

Q:20人のは少ないですね。

そういう時の方が、議論したりですね、サイエンスカフェみたいなのが最近だと試みもあるので、そうすると本当に近い感じで思ったことを言っていただいて、レスポンスするという。

自分にとってもやはり皆さんのリアクションを見てですね、あるいは質問していただいて、答えて、対話が生まれて、それで皆さんこういうふうにとらえるんだなっていうふうに自分の中で受け止めが毎回毎回起こりますし、あるいはその中で自分で新たに気がつくこともあったりしますので、そういう規模によらずですね、自分にとっても貴重な機会だなと思っています。

Q:発信するだけじゃないっていうことですね。先生が。

そうですね、双方向であるということですね。ネット上でも双方向の議論っていうのはもちろんできると思うんですけれども、匿名であったり、なかなか難しいところがあるのか、僕自身あまりそっちの方向になれていないせいもあるかもしれませんし。

1回1回は非常に限られた人たちであると。だけどやっぱりそういう、やる意義がある。来てくれる人がいて、そういう人たちが興味を持っていて、場合によってはその人たちがまた新たな発信をする主体になったりすることもあると思うんですよね。

Q:この問題だからこそ、こういう会が大事だみたいなことっていうのはありますか?

どうですかね、僕はやっぱり気候の問題っていうのは科学とか経済だけの問題ではなくて、やはり価値観というかですね、非常におおざっぱに言ってしまうと、1人1人の人々がどういう世界に生きたいと思っているのかっていうことが最終的には大事になってくると思うんですよね。というのは地球温暖化で大変だっていうふうに言っても、自分が生きているうちに本当に実質的に被る被害っていうのはなんなのかっていうと、ちょっとあまり想像がつかないし、もしかしたらそれは大したことじゃないかもしれないと。だけど途上国の人たちがどんな影響を受けているかとか、あるいは将来世代に子とか孫とかあるいはもっと先の世代の人たちが、自分たちのしたことの影響で、どういう影響を受けるのかとかいうことまで考えると、どうしたらいいんだっていうのが初めてそこで議論することができて、それはやっぱり人によって意見が違うと思うんですよね。ですので、1人1人の人に考えるきっかけにしてもらうっていうことが大事で、単に知識を広めるということにはとどまらないんだと思うんですよね。

本当に難しいのはある程度単純化しないと、大勢の人を動員することは難しい。だからといって、自分はそういうアプローチをとらない、たまたまそういう性格なのかもしれないですけれど、難しいまま考えていく必要があるかなと思っています。

Q:一人一人が考えなきゃいけない時代でもあるっていう。

そうですね、難しいことですけれどね。というのは僕自身が他の問題をいろいろ自分で考えられているかというと必ずしもそうではないので。環境の問題を皆さん1人1人みんな考えてくださいって言うと、人によってはそういう優先順位じゃないよっていう人が出て来ますよね。じゃあ自分が考えない問題は誰かに任せますとか、そういうことも含めて社会のいろいろな問題との向き合い方っていうのを、もうちょっと真面目に1人1人考えていく必要があるのかなと思いますね。

Q:公害の時代とは全然違う何か環境っていうのは。

そうですね、公害の時のような悪者がいて、という単純な構図ではとられなくなっている。多分いくつものとらえ方ができるんだと思いますよね。

温暖化の問題を原発再稼働の問題としてとらえる人もいるし、あるいはその途上国との公平性、今まで歴史的に排出してきた先進国と被害を受ける途上国との間の不平等の問題としてとらえる人もいるし。経済の問題としてとらえる人もいるし、技術の問題としてとらえる人もいると。それぞれが意味があるんだけれど、一面だけに偏ると、そこで本質的な話ができなくなってしまうような、そういう問題なんじゃないかなと思ってますね。

Q:だからこそいろんな人がこうやって話し合う。

そうですね。あとは他のいろいろな場にこういう場とまた全然違う人たちの集まる場でもこういう話をして、自分がそういうところをもしかしたら媒介できるような存在になると意味があるのかなという気もします。

Q:これからもこういうのを続けるんですか?

そうですね。呼ばれる限りは行きます。

プロフィール

国立環境研究所で、地球温暖化の将来予測とリスク論を研究。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による、
最新の第5次評価報告書の主執筆者。
報告書に基づき全国で講演を重ねるなど、
地球温暖化に関する科学的事実を、多くの人に知らせようとしている。

1970年
神奈川県に生まれる
1992年
東京大学教養学部卒業
1997年
同大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)
 
国立環境研究所に勤務
2006年
国立環境研究所地球環境研究センター温暖化リスク評価研究室長
 
(2011年より室名変更のため気候変動リスク評価研究室長)
2004年
海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センターグループリーダー(~2009年)
2006年
東京大学大気海洋研究所客員准教授(~2012年)
2009年
海洋研究開発機構IPCC貢献地球環境予測プロジェクト近未来気候変動予測 研究グループサブリーダーを兼務(~2012年)
2013年
江守さんが主執筆者となったIPCC第5次評価報告書が発表される(~2014年)

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