ホーム » 番組 » 2013年度「地方から見た戦後」 第2回 水俣 戦後復興から公害へ

番組

番組名 戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 2013年度「地方から見た戦後」
第2回 水俣 戦後復興から公害へ
放送日 2013年7月13日

チャプター

[1] 第2回 水俣 戦後復興から公害へ  03:59
[2] 魚がわいてくる/豊かだった水俣の海  01:56
[3] 水俣の戦後復興/半島からの引き揚げとチッソ再建  07:02
[4] 高度成長期に発生した謎の病/苦しむ患者たち  12:26
[5] 疑われた工場排水/有機水銀説とチッソの反論  12:52
[6] 企業城下町・水俣/チッソ社員にとっての水俣病  04:43
[7] 胎児性患者と家族/苦悩の日々  09:25
[8] 12年かかった公害病認定/流され続けた有機水銀  08:41
[9] 第一次訴訟提訴/チッソの町に広がる亀裂  08:17
[10] 患者勝訴と52年判断条件/進まない患者認定  08:18
[11] 水俣病特別措置法/患者救済とチッソ分社化  05:45
[12] 「もやい直し」を目指して  06:00

番組内容

戦前、日本の植民地・朝鮮半島北部で化学コンビナートや水力発電所など一大コンツェルンを築いた日本窒素肥料株式会社。
敗戦後、命からがら引き揚げた千人を越える社員で水俣はあふれた。終戦のわずか2か月、彼らが中心となり水俣工場の再稼働が始まる。チッソは戦後復興と食糧増産という国策と結びつき急成長。そして戦後11年目の1956年、水俣病は公式に確認されたが、経済成長政策のもと対応は後手に回り被害は拡大。チッソの城下町だった水俣の運命も大きく変わっていく。
復興はなぜ公害へと至ったのか。地域の人々はどのような運命をたどったのか。
社員、患者、市民など様々な人々の証言を通して、水俣の軌跡をたどる。

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